昔、昔、布留川(ふるがわ)のほとりに、一人のおばあさんが住んでいた。ある日、川でざぶざぶと洗濯をしていると、川上から一振(ひとふ)りの剣(つるぎ)が流れてきた。不思議なことに、この剣の刃(は)に触れると、木の根も岩も、スッスッと切れてしまう。
おばあさんが、白い布でそれを拾い上げた。剣はあやしい程、光り輝いていた。「これは、普通の剣ではない。自分のものにしてはもったいない」と、神様に奉納した。正直なおばあさんは、神主さんからたくさんのごほうびをいただいた。
この話を聞いた、隣の欲張りおばあさん。毎朝早く川へ行ってみたが、何も流れてこない。
ある日、運の良い夢を見て、まだ薄暗い早朝、急いで川へ向かった。すると、川上から烏帽子や冠が流れてくる。おばあさんは喜んでさっそく拾い上げたが、夜が明けてよく見ると、何とどれも石ばかり。烏帽子の形をした石は、今も残っている。 |
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布留川の流れる奈良県天理市。その東に日本最古の神社の一つ、石上(いそのかみ)神宮が鎮座する。
JRと近鉄が接する天理駅から、東へ車で街の中を走る。やがて風景は一変し、遙か遠く二重、三重の山並みが目の前に迫ってくる。ちょうど雨上がりの翌朝、白い靄(もや)が山々を覆い、墨絵のような美しさであった。
石上神宮の鳥居の向こうは、緑豊かな千古(せんこ)の森の趣き。静寂と神々しさに包まれた幽邃(ゆうすい)の神域である。
白砂の庭に美しい姿の神鶏が群れ遊ぶ。朱碧(しゅへき)の回廊と、楼門、中に拝殿、その奥の禁足地に本殿が建つ。
創祀(そうし)は崇神(すじん)天皇7年に遡(さかのぼ)り、神武(じんむ)天皇ゆかりの霊剣、布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)などを祭神とする。布留の地名は、魂振(たまふ)り(生命力の再生)のための神剣・神宝を振る呪術「振る」からとも、神剣が布に留まったことからともいう。
神宮のすぐ北に、のどかな田畑が広がり、布留川が流れている。その微(かす)かな瀬音は、今も、どこか神のささやきを思わせる清らかさだ。 |
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