ロールモデルに出会える、そんな環境だからこそ成長できる。

奈良県で働く総合診療医による座談会
(第二回)

~ Dr.イチローと考える!
これからの家庭医療と
総合診療医の在り方 ~

  • 武田 以知郎 先生
    明日香村国民健康保険診療所(以下、「明日香村診療所」)で所長をしております。家庭医・総合医として、奈良県の地域医療に従事しています。
  • 池上 春香 先生
    南奈良総合医療センターの総合内科で総合診療に携わっています。2018年8月(9月)に産休があけ、現在は時短勤務中です。
  • 山下 勇樹 先生
    2017年に大福診療所の家庭医療後期研修プログラムで後期研修を開始しました。2018年12月現在、天理よろづ相談所病院の総合内科で研修中です。

2018年12月4日開催

皆さまは「総合診療医」としてご活躍中ですが、どのようなきっかけで総合診療を専門とされたのでしょうか。まずは山下先生、いかがでしょうか。

山下先生 山下先生

私が総合診療医を目指したのは、母校の金沢大学にいらっしゃった新井先生という産婦人科の先生と、初期研修を受けた石川県の恵寿総合病院・家庭医療科の吉岡哲也先生という二人の先生に出会ったのがきっかけです。今もそうですが、私が学生だった当時も、日本では産婦人科医が減少傾向であり、しかも産婦人科医でないと妊娠・出産を扱えないという認識が強いため、産婦人科不足でお産が出来なくなってしまった地域が増えてきていた、という問題がありました。
ところが、吉岡先生のもとで研修している時にアメリカに留学し、海外では家庭医が正常分娩を担っていることを知りました。そして自分も家庭医として、産婦人科診療に携わりたいと考えるようになりました。初期研修を終え、そのまま家庭医の道に進む選択肢もありましたが、産科診療を十分にトレーニングできるプログラムが少なかったため、まずは産婦人科専門医を取ろうと思い、産婦人科の後期研修に進みました。

その後どのような経緯で、奈良県で働くようになったのですか。

まだ家庭医が十分に浸透していない日本ではなく、家庭医が根付いている英語圏で学ぼうと考えました。英語の勉強のためフィリピンに滞在したり、その後はニュージーランドで英語や医師免許などの資格試験を受けたりしていました。約2年間滞在していましたが、いろいろな事情があり、また妻の妊娠・出産も重なって、日本に帰ってきました。妻にとって子育てしやすい環境で働こうと思い、妻の実家のある奈良県で働くことにしました。
私はいわゆる街の家庭医になりたかったので、日本で家庭医の専門医を取るために大福診療所のプログラムを選びました。そして、1年間、土庫病院で総合診療の研修を行い、現在は天理よろづ相談所病院の総合内科で研修中です。

池上先生が奈良県で働くことになった経緯を教えてください。

私は自治医科大学を卒業後、出身地の香川県に帰り、香川県立中央病院で2年間初期研修を行いました。その後、結婚して夫の出身地である奈良に移り、南奈良総合医療センターで働き始めました。そして五條市立大塔診療所の所長を経て、今は再び南奈良総合医療センターに勤務しています。

総合診療医を専門とされたきっかけは何だったのですか。

私はもともと周産期の医療に携わりたいという想いがあり、さらに出産後の小児科にも興味がありました。しかし、大病院では産婦人科と小児科が切り離されていて、両方に携わるのは難しい状況でした。それに対して、総合診療に携わる家庭医なら、お子さんからご高齢の方まで幅広い年齢層を診療できます。しかも、患者さんのご家族や地域へのアプローチもできることに将来性を感じました。実際に、これまでの経験を活かし、出産や育児と両立しながら続けていくことができているので、総合診療はとても自分に合っていると思っています。

現在はどのような役割を担っておられるのですか。

池上先生 池上先生

南奈良総合医療センターではER型救急をやっており、主にウォークインの患者さんを多く診ています。さまざまな主訴を抱えて来院されるので、初診で患者さんの症状を聞き出し、循環器や呼吸器などの専門科へとつなげていくのが私たちの役割です。必要な術前検査や患者さんへの説明もある程度行うので、診療科の先生方から感謝いただくことも多く、やりがいも十分です。

武田先生は指導医としてもご活躍されていますが、奈良県の総合診療専門研修プログラムの魅力を教えてください。

武田先生 武田先生

奈良県はプログラムの種類や内容が豊富で、さまざまなコースを選べるのが魅力です。救急医療を中心に学べるプログラムや、診断学、へき地医療、家庭医療などそれぞれを中心に学べるものなど、多様なニーズに対応できます。私自身は小児科専門医も持っているので、小児科医療に興味があって、家庭も含めた地域を包括的に診たい方のご希望にも応えられます。施設に関しても、臨床研修に定評がある奈良県立医科大学附属病院や天理よろづ相談所病院、救急の症例が豊富な市立奈良病院、地域医療に熱心に取り組んでいる南奈良総合医療センター・土庫病院・大福診療所など多彩な施設があり、しかも県も一生懸命支援してくれているので、総合診療医を目指すには最適な環境です。

このほど新専門医制度がスタートしましたが、武田先生はこの制度に関して、どのように感じておられますか?

私としても総合診療の専門医ができてとても嬉しいですね。これからの超高齢社会では、高齢者を中心とする患者さんを地域の中で診ていかなければなりません。それを担うのが総合診療専門医です。もちろん各科の専門医と協調していく必要はありますが、全人的・包括的に診る専門医ができたのは素晴らしいことだと思います。この制度に基づいて、年齢や性別を問わず幅広い診療に携わり、地域医療を担う総合診療専門医を育成していくことが、私たち指導医の役割です。

ただ、新専門医制度により、都市部への医師の集中が危惧されています。

若手医師にとって出身地でもない限り、地方に定住することはハードルが高いかもしれません。都市部に行きたい気持ちもわかります。しかし、私もそうでしたが、3年とか5年といった一定期間だったら行ってみたいという方は多いのではないでしょうか。そのため、総合診療医が期間を区切り、需要のある地域を循環するシステムにすれば良いと思います。

現在のところ、総合診療専門医を目指す研修医が当初の予想より少ない印象を受けます。

今はまだ総合診療専門医の活躍の道筋が確立していません。そのため、研修医は先が見えないので、ある程度将来が見通せる循環器とか呼吸器といった専門科に行きたくなるのではないでしょうか。ただ、地域医療においては専門科と同等に、家庭医や総合診療医も不可欠な存在になりつつあります。また、専門科にこだわらず幅広く診療できる能力は、長い医師人生の上で、必ず役立ちます。奈良県では、県を挙げて総合診療医の育成に取り組んでいますので、「全人的・包括的に診られる医師になりたい」という意志があれば、大きく成長できる場だと思います。

どうすれば総合診療専門医に興味を持つ研修医が増えると思われますか。

私は自治医科大学の出身なので、1年目から診療所に行くなど、比較的早期から家庭医療や総合診療の体験がありました。でも一般の大学や医大の先生はそういった機会は少ないですよね。興味を持ってもらうには、なるべく早い時期に総合診療専門医のロールモデルに出会うことが大切だと思います。

キャリア形成という観点から考えると、医学生や研修医が自分の3年先、5年先、10年先をイメージできるロールモデルが重要だということですね。池上先生のロールモデルは?

私の場合、奈良県で出会ったまわりの先生全員です。研修医に向けての教育プログラムなどを組んでいただき、多くのことが吸収できたので、とても先生方を尊敬しています。自分たちが学んだことをブラッシュアップしながら、次の世代につなげていくのが私たちの役割です。

池上先生ご自身はどのようなことを次の世代に伝えていきたいですか。

南奈良総合医療センターで医師として産休を取って出産し、復帰したのは私が初めてでしたが、周りのサポートもあり、子育てをしながらも無理のない勤務ができています。その経験をもとに、今は女性医師が妊娠した時に、どのような勤務体制をとればいいのかを他の先生と一緒に考えています。また、産休を取って自分がどう思ったかなどを文章にまとめています。それが、これから奈良県で総合診療医を目指す女性医師にとって、何かの参考になれば嬉しいですね。

総合診療医のロールモデルに求められるのはどんなことだと思いますか。

まだ経験が少ない医学生や研修医から見て、かっこよく見えることだと思います。例えば、私は吉岡先生がエビデンスにこだわって診療をされているのを、さらにそれを研修医にしっかり教えながら診療されている姿を目の当たりにし(実際自分もDynamedやUpToDateなどを使って実際に診療しながら教えてもらいました)、単純にかっこいいなと感じました。そうなるためには非常に多くの知識と経験、そしてトレーニングが必要です。奈良県には、総合診療医として多様な経験を積める土壌があり、目標となるような「かっこいい」総合診療医が多く勤務しています。今後は、私たちがロールモデルになることによって、総合診療専門医の魅力や面白さを伝えていきたいですね。

若手医師や研修医に尊敬される、いわゆるスーパースター的なロールモデルも必要ですが、若手の総合診療医の皆さん自身が、時代と地域で必要とされるロールモデルになっていただきたいですね。例えば、ある地域には透析医がおらず、患者さんがみんな他の地域に行かなければいけない状況だったら、自分が透析の技術を学び、地元の病院で透析ができるようにする。また、地域に産婦人科医がいないのなら、自分が産婦人科の研修を積んで地域のお産を支える。そんな風に地域に合わせて適応していける医師が増えてほしいですね。

診療所で研修中の研修医 診療所で研修中の研修医

今、医師の働き方改革について議論されていますが、皆さんは働き方改革についてはどう考えておられますか。

働き方改革はとても大事だと思います。良い医療を提供するには、やはり人数が必要です。医師がいくつかの病院に点在するのではなく、不慮の事態でも対応できる医師を一定の場所に集め、誰かが妊娠・出産で休んでもカバーできる体制づくりが必要だと思います。奈良県ではチーム医療を行っている施設が多く、一人の医師に負担が掛かりすぎないよう、お互いが気遣い合うことを大切にしています。

池上先生はご自身が妊娠・出産を経験して復帰されたということですが、女性医師の働き方についてどうお考えですか。

私が産後2ヵ月で復帰できたのは、チーム医療があったおかげです。現在は部分休業を取っていて、原則は15時までの勤務にしてもらっています。患者急変などがあればもちろん対応しますが、それでも18時までには帰宅できることが多いです。それができるのも南奈良総合医療センターは医師の数が多く、一人の患者さんをチームで診療しているからです。

チーム診療の際に気を付けていることやメリットを教えてください。

今は3人の医師でチームを組んでいますが、患者さんへの最初の挨拶の際には、必ず3人で行って「みんなで診る」ことを伝えています。そうすると患者さんも安心して、チームの誰が行ってもにこやかに対応してくださるんですね。チーム診療のメリットは、お互いにカバーし合えることだと思います。私が15時に帰った後、患者さんに何か問題が生じても、チームの先生方が対応してくれるので安心です。さらに患者さんと主治医という1対1の関係性になると、時には患者さんのためにと思ったことが、患者さん側からすれば重要性や必要性の高くないこともあり、つい陰性感情が生じそうになることもあります。そんな時はチーム診療の他の医師と再度議論することで、物事を改めて俯瞰することができるのでとても助かっています。

働き方改革を進めるには、コメディカルとの仕事の分担も重要になってくると思います。

これまでは、医師がやらなくてもよいことまでやっているケースもありました。今後は医師でなくてもできる医療行為をコメディカルが担当し、機能分担することで医師の負担を減らすことが、ワークライフバランス実現のためには大事ではないでしょうか。その意味では、医師の指示の元で一定レベルの診断や治療などを行うことが許される特定看護師職を設ける「ナース・プラクティショナー制度」は良い試みだと思います。

私の診療所の訪問診療では、ファーストコールはほぼ訪問看護師が対応してくれています。異変や急変があった場合は私が対応しますが、呼び出されることはそれほどなく、助けられていると感じています。また、学会に行くときには、大学の総合診療科から研修を終えた先生に代診に来ていただいています。将来は、その地域で研修を受けた医師や卒業生が、医療機関や法人の垣根を越えて、地域一帯を担う医師として確保できるシステムをつくり、ワークライフバランスを保ちながら働けるようになればと考えています。

最後に、若い医学生や研修医に向けて、メッセージをお願いします。

奈良県は総合診療医が多く、プログラムの種類も豊富です。私は結婚を機に他県からこの奈良県に来て、今は日々やりがいを感じながら総合診療に取り組んでいます。現在他県で学んだり、研修したりしている皆さんも、ぜひ奈良県に来て一緒に総合診療に携わっていきましょう。

奈良県には大学病院や総合病院、公立病院、診療所など、さまざまな種類の総合診療の研修プログラムがあって、トレーニングを積むことができます。循環型でいろいろな施設で学ぶことができ、それぞれのいいとこ取りができるのが魅力です。

奈良県には地域で頼りにされている総合診療医がたくさんいます。しかも医師同士の連携が良く、メンバー同士の仲が良いのが自慢です。どの地域に行くにも1時間程度で行けて、集まろうと思ったらすぐに集まれるので、医師同士がいろいろな場で顔を合わせることができます。また総合診療に対して県が強力にバックアップをしてくれているのも特徴の一つです。誇りを持って総合診療に携わることができる環境ですから、多くの方に来ていただきたいですね。

参加者プロフィール

武田 以知郎 先生

武田 以知郎 先生

出身大学
自治医科大学(1985年卒)
在 籍
明日香村国民健康保険診療所 所長(2010年~)

自治医科大学卒業後、天川村や大塔村の山間部に勤務。
県立五條病院では、へき地医療支援部長としてへき地医療に尽力。
2003年からはへき地医療を支援する(社)地域医療振興協会に招聘され、山添村での勤務のほか、同協会近畿地域支援センター長として全国的に地域医療を支援。
2010年から明日香村国民健康保険診療所所長に就任。

池上 春香 先生

池上 春香 先生

出身大学
自治医科大学(2014年卒)
臨床研修病院
香川県立中央病院
在 籍
南奈良総合医療センター

香川県立中央病院での初期研修修了後、結婚。夫の出身地である奈良県に移り、南奈良総合医療センターで3年間勤務。五條市立大塔診療所所長を4年間務める。
再度、南奈良総合医療センターに戻り、2018年現在、5年目。
8月(9月)に産休から復帰し、12月現在、時短勤務中。

山下 勇樹 先生

山下 勇樹 先生

出身大学
金沢大学(2009年卒)
臨床研修病院
恵寿総合病院
在 籍
天理よろづ相談所病院(2018年12月現在、後期研修中)

金沢大学6年生時にアメリカで1ヵ月間の家庭医療研修を受ける。卒業後、恵寿総合病院で初期研修と家庭医療研修を受ける。
修了後、4年間千船病院で産婦人科後期研修を受けたの後、2014年からはニュージーランドでの家庭医を目指しフィリピンとニュージーランドに滞在。
2年後に一旦帰国し、恵寿総合病院の家庭医療科にて勤務。2017年からは大福診療所の家庭医療後期研修プログラムで後期研修開始し、現在は天理よろづ相談所病院にて勤務中。その年、産婦人科専門医を取得。

シカいの広い総合診療医は君だ!

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