『万葉集』には、『日本書紀』に出てくる人物や事件に関わる歌がいくつか見られます。今号から、『日本書紀』に関わる歌について二年間ご紹介します。 磐姫は、『古事記』『日本書紀』(記紀)に記される仁徳天皇の皇后で、たいへん嫉妬深い人物として描かれています。『日本書紀』では、皇后である磐姫のかねてからの反対にもかかわらず、天皇が磐姫の不在時に八田(やた)皇女を宮中に迎え入れます。これに怒った磐姫は、天皇のいる宮へは帰らず、山城の筒城(つつき)(現在の京都府京田辺市普賢寺一帯か)に宮を作らせて移り住んでしまい、天皇が迎えに行っても帰らず、ついにはその地で亡くなったとされています。 今回ご紹介する歌は、『万葉集』巻二の冒頭の歌で、「磐姫皇后の、天皇を思(しの)ひて作りませる御歌四首」のうちの一首です。実際に磐姫が詠んだ歌というよりは、磐姫の歌として伝承された歌だと思われます。 一首目のこの歌では、天皇が長らく磐姫のもとへ来ていない状況で、迎えに行こうか、いや、待ち続けていようか、と逡巡する気持ちが歌われています。続く三首では、こんなに恋に苦しんでいないで、いっそ死んでしまいたい。この黒髪に霜がおくようになるまでも、あなたを待ち続けよう。秋の田にかかる朝霞のように、この恋は晴れることがない。と、変化する恋心が歌われます。 待ち続けようという歌の流れからは、記紀が伝える激情の磐姫像とはやや違った印象を受けます。古代の人々は、記紀万葉に見られるようなさまざまな磐姫像を持っていたのかもしれません。 このように、記紀万葉を見比べることで、より多角的に古代の社会や古代の人々が思い描いた世界が見えてくるのだと思います。 (本文 万葉文化館 吉原 啓)
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