生駒山地の東麓に、寄り添うように横たわる矢田丘陵。標高300mほどの低い山並みだが、緑豊かな中腹に白鳳から奈良時代の開基とされる古寺が点在する。今回はその一つ、矢田寺(金剛山寺(こんごうせんじ))に伝わる村人に優しいお地蔵さんのお話。
*
昔、矢田寺の麓に、ある農家のお嫁さんが住んでいた。昔はどの家でも味噌は家で作っていたが、その年のお嫁さんの味噌は、どうしてもうまくいかなかった。 ある夜、不思議な夢をみた。枕元にお地蔵さんが立たれ、「そんなに困っているなら、一度私の口に味噌を塗って食べさせておくれ。おいしい味噌に味付けしてあげよう」と言われた。 半信半疑のお嫁さんは、翌日、いつもお参りしている矢田寺へ行ってみると、夢で見たのと同じお地蔵さんがおられるではないか。早速家から味噌を持ってきて、そのお口に自分の味噌を塗りつけた。 数日して、味噌桶(おけ)の蓋(ふた)をとって出してみると、おやおや、何と、味噌は本当においしくなっていた。お嫁さんは大喜び。そのお地蔵さんは「味噌づくりを助けてくださる有難いお地蔵さん」と評判になったそうだ。
このお地蔵さん、今も矢田寺本堂の石段下の北側に「味噌なめ地蔵」として赤いよだれかけをかけ、優しいお顔で立っておられる。今も味噌をお供えしたり、口に味噌を塗っている人もおられるとか。 大和郡山の市街地と指呼(しこ)の間(かん)にありながら、静かで山寺の風情漂う矢田寺。振り返れば、田植えを待つ棚田が広がり、瓦屋根に土壁の落ち着いた農家のたたずまい、また遠くには青垣の山々も望める。 建立は、天武天皇の護持僧智通(ごじそうちつう)。本尊は地蔵菩薩。境内でも多くのお地蔵さんが、悩める人々を救おうと今日も静かに待っておられる。
スマホアプリ「マチイロ」でも電子書籍版がご覧になれます。 詳しくはこちら
電子書籍ポータルサイト「奈良ebooks」でもご覧になれます。 詳しくはこちら