四方を緑濃い山並みで囲まれた奈良盆地。その東南に、円錐形のひときわ秀麗な姿を見せる三輪山。神が鎮まる神聖な山、また、人々の平和と豊かな生活を守ってくれる特別な山として遠い昔から信仰されてきた。 神様の名前は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)。今回はその神様の不思議な恋のお話。
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昔、昔。活玉依姫(いくたまよりひめ)という美しい乙女のもとに、夜な夜な大そう麗しい若者が通ってきた。姫はほどなく身ごもった。 姫の両親は、その若者の素性を姫にたずねたが、姫も分からぬまま。そこで両親は、若者が訪ねてきたときに、床のまわりに赤土をまき、苧環と呼ばれる糸巻きの糸を針に通して若者の着物の裾に刺すよう教えた。 翌朝、糸のあとをたどっていくと、糸は戸の鍵穴を通って、三輪山まで続いていた。これによって若者の正体は三輪山の大物主大神であり、姫のお腹の中の子は神の子であることが分かった。 その子は、大田田根子(おおたたねこ)と名付けられた。
三輪山麓の磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)におられた崇神天皇の時代、疫病がはやり、多くの人々が亡くなった。 憂えた天皇の夢枕に、大物主大神が貴人の姿で現れ、「大田田根子に私を祭らせれば、災いもおさまり、国も平安になるであろう」と告げた。 早速、早馬を四方に出して探すと、茅渟県陶邑(ちぬのあがたのすえのむら)(今の大阪府堺市あたりか)にいることが分かり、天皇のもとにお連れした。 天皇はその大田田根子を神主として大物主大神をお祀りしたところ、疫病はたちまち収まった。五穀は豊かに実って農民は皆喜んだという。 三輪山麓にある大神神社では本殿はなく、拝殿から三輪山を拝するという神祀(かみまつ)りの原初の形を今に伝える。静寂と神々しさに包まれた、わが国最古の神社とされる。 大神神社の摂社で、「若宮さん」と呼ばれ、大田田根子を祀る若宮社(大直禰子(おおたたねこ)神社)。石段脇に、「おだまき杉」の古株が今も残る。物語に登場する活玉依姫の苧環の糸がこの杉の下まで続いていたという伝説も残されている。
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