50歳の頃から誕生日がくると毎年、早朝に母が電話をくれるようになった。 「こんな早くに悪かったけど、いつ電話しても出ないから、きっと忙しいのね。身体に注意して仕事がんばるのよ」 自分の誕生日などすっかり忘れていたので、初めは、早朝だけに何が起きたかと飛び起きたが、いつしかその電話を心待ちにするようになった。 それから10年後、父が急逝した。自宅で最期を看取り、ひとり残された母のショックと喪失感は計り知れない。母は次第に、それまでの記憶が前後したり、欠落することが増えてきた。30分前にかけた電話も覚えていない。 父が亡くなった年の次の誕生日の朝、電話は鳴らなかった。「やっぱり」と寂しく思いつつ、家を出た。録音メモに気付いたのはその翌日だった。 「還暦おめでとう。あなたが産まれたのはちょうどこの時間よ。覚えておきなさい。私はちゃんと暮らしているから大丈夫。身体に気をつけて頑張りなさい」 涙が止まらなかった。親はどんな時も、子どものことを気にかけているのだと思った。
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