奈良県の地場産業について

小規模地場産業の現況

 本県の小規模地場産業は、サンダル、軽装履及び紳士靴等の履物産業、野球用グローブ・ミット及びスキー靴等のスポーツ用品産業並びに毛皮革産業等、あわせて品目別に11業種ある。

野球用グローブ・ミット

 本県における野球用グローブ・ミット製造業は、大正時代中期に生産が始まり、現在は三宅町を中心に河合町及び桜井市等において産地を形成している。

 昭和40年代半ばまでは本県輸出産業の花形となっていたが、昭和46年のドルショックと昭和48年のオイルショックにより、主な輸出先であった米国市場を韓国、台湾に奪われた。近年においては、国内市場もアジア各国(中国、フィリピン、ベトナム及びインドネシア等)から輸入される低価格製品に侵食される状態が続いており、貿易自由化の流れの中、今後も厳しい状況が予想される。

 業界の課題は、低価格な輸入品との競合だけではない。大手国内メーカーが生産拠点を海外に移転する傾向は、手工業的生産形態をとる企業が多い上に、資本力が弱く、大手メーカーの受注生産に頼らざるを得ない本県業界に大きな影響がある。また、技術者の高齢化・後継者の不足により、事業継続が難しい企業が多い状況である。

 このような状況の中で、今後は高い製造技術を活かし、機能やデザインに優れた独自の製品づくりに努めることで自社ブランドを確立し、本物を志向する消費者のニーズに対応していくことが求められる。また、需要・販路の拡大及び産地製品のPRを強化するため、各種展示会・見本市などのイベントに積極的に取り組む必要がある。

スポーツシューズ 

 本県におけるスポーツシューズ(スキー靴、野球用スパイクシューズ等)製造業は、三宅町、河合町及び桜井市等において産地を形成している。

 スポーツシューズの国内市場では、アジア各国から輸入される低価格製品に国内市場が侵食される状態が続いており、貿易自由化の流れの中、今後の見通しも厳しい。

 スキー靴の国内市場は、少子化、若者のスキー離れ及び温暖化による積雪不足といった、慢性的要因により低迷しているが、一部で休眠スキーヤーの復活やファミリースキーの増加などから、需要の回復が期待される。こうした中で業界では、1月12日を「スキーの日」とするなどの活性化施策を図っている。

 野球用スパイクシューズ及びゴルフシューズ等のスポーツシューズは、中国、ベトナム及びインドネシア等からの輸入が増え、低価格製品との競合が激しい。

 本県のスポーツシューズ製造業においては、手工業的生産形態をとる企業が多い。特に、野球用スパイクシューズを製造する企業の多くは大手メーカーの下請企業であり、グローブ・ミット業界と同じく、大手メーカーの生産拠点の海外移転により、厳しい経営状況にある。

 スポーツ用品市場は、ファッション傾向の強い市場といえる。そのため、本県業界は熟練した技術を活かし、多様化する消費者ニーズに対応した自社ブランドの確立を目指しながら、積極的な販路開拓に取り組む必要がある。特に、健康・美容などのウェルネスを背景にしたランニング・ウォーキングシューズの市場は、今後も堅調に推移することが予想される。したがって、「歩く」「走る」といった原点に戻った独自の高機能・高付加価値製品の開発に取り組み、業界の活性化を図る必要がある。

サンダル及び軽装履

 本県におけるサンダル製造業は、御所市を中心に上牧町、王寺町及び三郷町などで産地を形成している。企業数は、東京・静岡・大阪とならび全国的にも上位にあるが、その製品は中低級品が主流を占めている。

 元来サンダルは、下駄・草履に代わる履物として、また、簡単な洋装履として普及してきた。近年は生活環境の変化により、ケミカルシューズやスポーツシューズ等が普及し、サンダルの需要が伸び悩んでいる一方、若者を中心にファッションとしてのサンダルやミュールが定着しつつある。また、健康をテーマにした商品なども一定の地位を確立している。しかし、他の小規模地場産業と同様に、アジア各国からの低価格輸入商品が市場にあふれており、また、貿易自由化の流れの中、海外との厳しい競争が続くものと思われる。

 本県業界においては、各企業が健康・抗菌サンダル、レインブーツ及びガーデニングブーツなどの新商品や、杉・竹炭・チタンなどの新素材を使った商品の開発にも力を注いでおり、デザイン面・機能面ともに他産地と差別化された特色ある商品が見られるようになってきている。また、意匠権をはじめとする産業財産権の活用に積極的に取り組んでいる。今後もこのような取組を継続しながら、高付加価値化された話題性のある商品づくりのみならず、インターネットを利用した需要の拡大を図る必要がある。また、本市場はアパレル業界の靴販売への展開など、成長の可能性を持っているが、商品の出荷時期が限定的であり、問屋からの注文が少量・多品種となる傾向が強いことから、生産計画を立てにくいといった課題があり、市場ニーズに対応するため、少量・多品種の生産体制を確立する必要がある。

 本県の軽装履製造業は、三郷町を中心に産地を形成している。サンダル業界同様に、生活様式の変化により需要は年々減少している。また、景気悪化の影響を受けて底材などのコストが上昇し、厳しい状況が続いている。その中で、現代の生活スタイルに寄り添った新しいデザイン雪駄の開発などに積極的に取り組む動きも出てきている。

 引き続き、消費者ニーズの的確・迅速な把握と、より一層の技術の向上に取り組み、新商品の企画や新規の需要開拓に努めることで、業界の活性化を図る必要がある。

花緒 

 花緒の生産は、明治時代初期に三郷町で始まり、大正時代には同町の主要な産業となっていた。しかし、戦後の生活様式の変化、履物製品の多様化及び靴やサンダルの普及によってその需要は減少し、現在は家内工業的に製造が続けられている状況である。

 花緒の出荷先は、そのほとんどが地元三郷町の軽装履製造企業であり、軽装履業界の不振がそのまま花緒業界に影響を与えている。また、中国からの輸入品の増加も、花緒の出荷減少の一因となっている。

 花緒製造業では、後継者不足と技術者の高齢化に直面しており、人材の育成が課題となっている。一方、若者を中心に花緒付きサンダル・草履がファッションとして見直されるなど、業界にとって明るい話題も出てきている。今後、若者をターゲットとした商品開発にサンダル・軽装履業界と取り組むとともに、本来の和装履についても新商品開発を行うなど、新規需要の開拓を行う必要がある。

紳士靴

 本県の紳士靴製造業は、明治時代の中頃に軍靴を製造したことに始まり、大和郡山市を中心に産地を形成している。現在はビジネスシューズを中心に、革製紳士靴等を生産している。

 本県で製造される紳士靴等は革製が多いが、革靴の輸入関税率は順次引き下げが実施されてきたほか、特恵国からの安価な製品の輸入が増加するなど、業界を取り巻く環境は年々厳しさを増している。今後貿易自由化の流れの中、業界にとって厳しい状況が続くものと懸念される。 

 一方、近年のファッションに敏感な中高年の増加、若年層のスニーカーから革や合皮へのモードカジュアルの移行などにより、国内革靴市場全体では明るい兆しも見られる。

 こうした中、本県業界では、合同展示会や技術研修会の開催及び見本市への出展等により、新商品の開発や販路拡大に努めている。今後もコンセプトを重視した製品づくりや、より一層の消費者ニーズの的確な把握及び流通の促進などに取り組む必要がある。

毛皮革(毛皮及び鹿・セーム革) 

 本県の毛皮革製造業は、宇陀市菟田野において、なめしから縫製加工に至る一貫した生産機能と小売機能を併せ持つ、全国唯一の産地を形成している。

 日本において毛皮革製品は、防寒目的よりファッションとしての需要が大きく、近年のファッションの個性化及び多様化から、消費者ニーズの把握は難しい状況にある。さらに景気悪化の影響により、国内市場における衣服及び付属品を含む製品輸入額は中国等の安価な製品が市場を占める傾向にある。さらに、貿易自由化の流れの中で、毛皮ファッションの中心地であるヨーロッパを始めとする海外製品が比較的安価に輸入される懸念があることから、業界としてその動向を見極める必要がある。

 技術面では、なめし・縫製とも熟練を要する反面、技術者の高齢化・後継者不足が深刻化している。

 本県の鹿革製品は全国シェア約90%を占めており、武道具用、セーム革、手袋等の用途に利用されている。また、鹿皮のなめし技術の開発にも取り組んでおり、独自のなめし製造技術を生かしたエステ製品、衣料品及び雑貨品など、新分野への取組も行っている。

 本県毛皮革業界では、近年の消費者ニーズの個性化に対応するため、製品の機能性とファッション性を追求しながら、付加価値の高い商品づくりを行っている。また、本物を求める消費者に対する販路拡大、産地PR、異業種交流及び市場競争力の強化を図るため、産業の合理化・近代化に産地全体で取り組んでいる。今後もこれらの取組を継続するとともに、新商品の開発などによって産地の知名度向上を図る必要がある。

革釦及び服飾品

 革釦製造業は、明治35年頃より水牛ボタンの生産地であった橿原市においてその生産が始まり、現在も橿原市を中心に全国唯一の産地を形成している。

 革釦の製造は手作業工程が多く、下請や内職により支えられている。過去には輸出向けの生産も多かったが、現在では国内市場向けの生産のみとなり、出荷量は大幅に減少している。

 現在の革釦製造業は、消費者ニーズの多様化や個性化により、少量・多品種の生産を迫られている。さらに、ファッションの流行により出荷量が大きく変動することや、工具を作る職人の高齢化などの問題を抱えている。

 企業の中には、衣料品の附属品としてバックル等を製造することで、経営の安定を図るところも多くなっている。

安全保護具(工業用革手袋・安全靴)

 本県で製造される安全保護具は、鉄鋼・造船・電気・建設・土木等、我が国の基幹産業の作業用安全用具として全国へ出荷されてきた。現在は大和高田市及び桜井市を中心に産地を形成しているが、第2次産業従事者の減少や産業用ロボットの発達によって、その需要は減少傾向にある。また、中国からの低価格輸入製品との競合による単価の低下が懸念されている。

 本県業界では、新素材を利用するなど、産業界のハイテク化に対応した製品開発を行うことより、新規需要の開拓を図っている。

桐材加工

 桐材加工業は、明治時代初期に農家の副業として始まった。現在は、御所市を中心に産地を形成し、家具用材をはじめ、箱用材、下駄用材及び琴材等を生産している。

貝釦 

 貝釦製造業は、明治20年頃神戸で始まった。大阪・河内地方を経て、奈良県では明治38年頃から農家の副業として始まり、現在は川西町を中心に産地を形成している。

 合成樹脂釦の発展により生産量は減少したが、昨今の本物を志向する傾向に後押しされ、大手の量販アパレルメーカーでも貝釦の使用が見られるなど、明るい兆しも見えてきている。貝釦はサイズ・形などの違いから多くの種類があるが、最近のファッションの多様化により、さらに多品種の生産が求められる。状況は厳しいが、本県業界ではアクセサリー用等、新しい商品の開発が行われている。

箸 

 箸の生産は、南北朝時代に後醍醐天皇へ杉箸が献上されたことがその始まりとされており、明治時代には、吉野杉から酒樽を作り、残った端材から箸を作る手法が考案された。現在は、杉や檜の原木を建築材に製材した端材を利用して作られ、本県においては、吉野町及び下市町を中心に産地を形成している。また、使用済み割箸を製紙原料にするリサイクル運動が行われ、資源の有効活用も進められている。

繊維産業の現況

 本県には、織物業、靴下製造業、ニット製造業、衣料縫製品業及び染色整理業等の繊維関連業種(日本標準産業分類小分類)があり、本県製造業に占める割合は企業数で約16%、出荷額で約4%、従業者数で約9%となっている。(資料・平成28年経済センサス-活動調査 従業者4人以上)

織物業

 織物業について、かつて本県は蚊帳地の産地であったが、現在はフスマ地、壁紙地、寒冷紗及び各種基布等を主要品目とする、数少ない住宅用・産業用の資材織物産地へと転換している。なお、企業は天理市、田原本町、広陵町、奈良市及び大和郡山市などに分布している。

靴下製造業

 靴下製造業について、平成28年経済センサス-活動調査「品目編」によると、出荷額の全国シェアは、ソックス類で約57%、タイツ類で約40%を占め、ソックス類に限ると国内最大の産地である。企業は大和高田市、広陵町及び香芝市などを中心に分布している。また、染色・縫製・刺繍・セット仕上げなどの関連業種とともに、地域内分業体制を形成している。

ニット製造業

 ニット製造業について、本県では江戸時代から明治時代にかけて農家の木綿織りが普及し、明治時代中期からメリヤス業への転換が次第に行われた。現在、橿原市、大和郡山市、大和高田市、葛城市及び広陵町を中心に、ニット生地、外衣・シャツ及び下着類等の産地が形成されている。

衣料縫製品業

 衣料縫製品業について、本県は婦人・子供服、下着及び作業服など、実用衣料を中心とした産地であり、企業は田原本町、大和高田市及び橿原市をはじめ、県内に広く分布している。賃加工の企業も多いが、一部には自社ブランドを持つ個性的な企業も存在している。

染色整理業

 染色整理業について、企業は広陵町、香芝市及び橿原市などに分布し、県内や大阪の繊維業界と密接に結び付いて発展している。受注元である繊維業界の業績不振により受注が減少するなか、多品種・小ロット化、短納期化及び素材・加工方法の多様化等への対応といった課題を抱えている。