奈良県の御所市と五條市の境近くにある御所市西佐味。今回はこの地に聳(そび)え立つ「大川杉」と呼ばれる巨樹と、その根元から絶えず湧き出た有難い水のお話。
*
ある夏のこと、金剛山麓の中腹の村で日照りが続き、稲や作物が枯れ始めた。 「ああ、困ったこっちゃ。どないしたらええのや」 村人たちが頭を抱えているところへ、一人の村人が飛び込んできた。 「湧き水や、湧き水や。大川杉の根元から水が湧き出ているぞ」 皆が驚いて行ってみると、なるほど、きれいな水がこんこんと湧き出ているではないか。 「ああ、助かった。命の水や。これも神様のお恵みや」 大喜びの村人たちは、杉の木に注連縄(しめなわ)を巻き、地蔵さんを祀(まつ)って大切にお守りした。以来、日照りの夏も、この湧き水は里の田畑を潤し続けたということだ。
この湧き水で、かつては里人たちは野菜を洗い、洗濯し、桶(おけ)で運んで日々の生活に用いたそうだ。 西佐味の田の畔(あぜ)で、今もひと際高く目を引く「大川杉」。 竹藪(やぶ)の中、滑り落ちそうな急斜面の細い道を回り込むと、突如、現れた驚くばかりの太い幹。見えるのは幹のみで、八方に枝を広げ繁った葉が天を覆って全体の樹姿は見えない。 太い幹には、ゴツゴツとした厚い樹皮に幾筋もの裂け目が刻まれている。縦横にうねうねと延びる枝、大蛇のように太くくねった枝。その生命力、迫力、神々しさに圧倒され、思わず「凄(すご)い!」と叫んでしまった。 周囲約7m、樹高約24m、樹齢約450年。杉の巨樹としては奈良県内でも貴重な存在という。奈良県指定天然記念物。 視線を移せば、眼下に広がる昔懐かしい棚田の風景。葛城古道の風の森峠、高鴨(たかかも)神社もそう遠くない。山並みの向こうは高見山、大峰山、大台ヶ原へと続く。 三月、風も和らぎ、春の近さも感じられる。里人たちはそろそろ田起しの準備を始めるそうだ。
スマホアプリ「マチイロ」でも電子書籍版がご覧になれます。 詳しくはこちら
電子書籍ポータルサイト「奈良ebooks」でもご覧になれます。 詳しくはこちら