奈良県の大和高田市。二上山、金剛葛城の青々とした山並みが、夏の澄んだ空に映えて美しい。今回はこの地にやってきた、旅のお坊さんの有難〜いお話。
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昔、昔、千二百年ほど前のこと。真夏の太陽がジリジリと照り付ける日、錫杖(しゃくじょう)を持った一人のお坊さんがある家の門口に立っていた。
「喉が渇いてどうにもならん。水を一杯恵んで下されや」若い嫁ごが出てきて、「それはお気の毒に。でも、ここは水なし村と言われるほど水のないところ。その代わり、マタタビの実でどうぞ喉を潤して下さい」
その実のおかげで、お坊さんはすっかり元気を取り戻した。
「有難い。助けて頂いたお礼に」と、お坊さんは近くの辻で、足元の土を錫杖の先でトントンとたたいた。と、あら不思議、きれいな水がこんこんと湧き出たではないか。
これが今も残る名高い井戸で、地名も、井戸があることから有井と呼ばれた。その不思議なお坊さんは、弘法大師さまだったそうだ。
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さてさて、今回もまた奇跡をおこした弘法大師のお話。この「奈良のむかしばなし」でも似た話がいくつか登場している。大根の葉に虫がつかないようにしたり、村娘を色白美人にしたり、塩に困っていた村で岩から塩水を出したりなど(第34、45、60、64話)。奈良県のみならず、実は日本各地で大師の超能力者のような説話が多く残されている。
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日本仏教界の巨星、超人的な天才と言われる弘法大師空海。彼は遣唐使に従って中国に渡って学び、密教を日本に伝えた。そして、嵯峨天皇から賜った高野山に寺院を建て、多くの弟子を育てた。
その高野山からのちに「高野聖」(こうやひじり)と呼ばれる僧たちが、大師信仰の布教を兼ね、日本各地に大師の不思議な法力で、困っている人たちを助けた説話を広めて歩いた。説話の数は、五百ともそれ以上とも。
東大寺、大安寺、興福寺などでも足跡を残し、奈良との縁も深い。