談山神社の由緒は大化の改新までさかのぼります。中臣鎌足(なかとみのかまたり)の没後、長男の定慧和尚(じょうえおしょう)が多武峰に墓を建て、十三重塔を建立しました。そして、神殿に鎌足公の御神像を安置したのが始まりとされています。1438年に戦火を逃れるために、御神像を一時明日香の橘寺に移しましたが、嘉吉元(1441)年に多武峰に戻りました。御神像が無事に戻ったことを喜んだ人々が、それを祝い、多武峰の収穫物を供えたのが嘉吉祭の起源とされています。嘉吉祭では「百味御食(ひゃくみのおんじき)」と称される独特な神饌(神様に献上するお食事)が供えられます。
嘉吉祭開催の一週間前の日曜日の夜、頭家(とうや)を中心に氏子と神職が社務所に集まり、祭の予定を確認した後、神饌づくりの担当を決めます。百味御食は、古くは200種類ほどありましたが、今では約30種類の食材が供えられています。食材のほとんどは近くで調達できるものが使われてきました。神饌の中でも特に印象的なものは米御供(こめごく)と毛(け)御供です。米御供の準備は、まず粒の大きさがそろったもち米をおよそ1万粒選別します。選別したもち米を白・緑・黄・赤の4色に染め、1周42粒70段、ひし形などの模様になるよう積み重ねます。毛御供は、白・黒・赤の3種の長い毛のついたもみをおよそ6千粒敷き詰めます。 嘉吉祭の4日前の夜から3日間で、盛(もり)御供や飯(い)御供を作ります。盛御供は神饌台の竹串に芯を挿し、さまざまな果実を下から円筒形になるよう、隙間なく芯に挿していきます。飯御供は「鎌足さんの弁当箱」とも言われ、祭当日に頭家が蒸したもち米を入れます。これには立派なしめ縄がつけられます。 嘉吉祭当日は朝から氏子が集まり、百味御食の仕上げを行います。神様へのごちそうなので、目でも口でも楽しめるように美しく仕上げます。完成した百味御食はいったん権殿(ごんでん)に運ばれ、順番通りに並べられます。午前10時、嘉吉祭が始まると、権殿から本殿へ1〜3m間隔で並んだ氏子や関係者によって百味御食がお手繰(てぐ)りされ、本殿内の鎌足公の神殿に供えられます。
以前は15~20軒ほどいた氏子も、人口減少や高齢化の影響で、今では9軒まで減少しました。そこで、就職などで村から出た若い人たちや近隣の村の人に声をかけ、祭りの手伝いをしてもらっています。また神社としても、祭りを実際に体験してもらうなど、祭りに興味を持っていただく取り組みを行っています。 普段会う機会がない村人とも顔を合わせられるのが、祭りのいいところです。一般の方も含めて村全体が一つになれる、この伝統ある祭りを今後も継承していきたいです。
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