日蔵上人(にちぞうしょうにん)、吉野山で鬼と遭遇する
文・山崎しげ子
奈良県の東南部、大台ケ原の美しく雄大な大自然で知られる上北山村。西に修験道の大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)(世界遺産)の大普賢岳、八経ヶ岳、仏生ヶ岳の厳しい峰々が高く聳(そび)える。村の面積の97%が森林とか。
奈良市内から、鬱蒼(うっそう)たる樹木で覆われた山また山の中の道を走ること二時間半。静寂と山の冷気に包まれたまさに秘境。今回は、そんな上北山村に伝わる修験者の高僧と鬼のちょっと怖いお話。
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昔、昔、日蔵上人が大峯山系にある笙ノ窟(しょうのいわや)で修行していた時のこと。突然、身の丈7尺(約2・1m)ばかりの鬼が現れた。鬼の姿は異様であった。
体の皮膚は青く、髪は火のように赤く、首と脚は細く、胸の骨は角ばって前に張りだし、腹は大きく膨れていた。
その鬼が、上人の前に手をつくと、激しく泣き出した。上人がわけを聞くと、鬼は泣きながらこう答えた。「実は、四、五百年も前のこと、私はある人に殺され、恨みを残して死にました。そこで、私を殺した敵(かたき)を取り殺し、さらには敵の子、孫、孫の子、またその孫に至るまで一人残らず取り殺し、今はもう殺す子孫もいなくなりました。しかし、私の恨みの炎は消えるどころか燃え盛り、逃れようのない永劫(えいごう)の苦しみを受けています。
ああ、恨みの心を抱かねば、極楽か天上界に生まれていたものを。このような鬼の身になり果て苦しみ続けています。」鬼はまたひとしきり激しく泣くと、赤い炎に身を焦がしながら山の奥へ消えて行った。
上人はこの鬼を哀れみ、鬼の極楽往生を一心に祈ったという。
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日蔵上人は、平安時代中期の人。若くして密教を学んだ。『新古今和歌集』に笙ノ窟に籠っていた時の歌が残る。「寂寞(じゃくまく)のこけのいはとのしづけきに涙の雨のふらぬ日ぞなき」。物音ひとつしない苔むした岩屋に籠り一心に修行していると、仏の心に通じるような気がして感涙の落ちない日はない、との意味。上人の修行の真剣さと、それに呼応する仏の心との密やかなつながりが思われる。(『宇治拾遺物語』『餓鬼草紙』他を参考にしました)
和佐又山ヒュッテ
1982年に開業し、世界遺産・大峯奥駈道の大普賢岳への登山拠点として親しまれてきた和佐又山ヒュッテは施設の老朽化などを理由に、2019年に閉鎖。その後、上北山村の「(一社)ツーリズムかみきた」が管理者となり、ヒュッテの管理・宿泊棟、カフェレストランや売店コーナー、シャワールームを備えたドミトリー形式の山小屋とキャンプ場を整備し、昨年「WASAMATA HUTTE」としてリニューアルオープン。営業しているキャンプ場は、関西一の標高約1,150mの高所にあり、夏でも朝晩は涼しいため、快適なキャンプライフを楽しむことができます。冬期(12月~3月)は土・日・祝のみ営業しています。
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WASAMATA HUTTE(上北山村西原)
上北山村役場より北へ9.4km
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