夢淵(ゆめぶち)と魚見(うおみ)石
文・山崎しげ子
奈良県中東部の東吉野村。緑濃い山々、清らかな川の流れ、こけむした岩を流れ落ちる滝など大自然に恵まれた清澄なところ。今回はそんな村に伝わる神秘的なお話。
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昔、昔、さらに遠い神代の昔、神武天皇がこの地を通られた。神武は日本の初代天皇とされる伝説上の人。お話に入る前に少し説明を。
『日本書紀』などによると、天皇は日向国(宮崎県)に生まれた。長じて、日本の国の都にふさわしい地を求め、家来を伴って東の方向に旅立たれた。瀬戸内海を進み、各地の有力者らを従えさせながら苦難の末、やがて大和の地も平定、畝傍山の麓、橿原宮で初代神武天皇として即位された。
さて、お話は、その即位前の天皇が、今の東吉野村の夢淵を通られたときのこと。夢に神様が現れ、厳かに申された。「国のまつりごと(政治)を安らかに進める志があるなら次の占いをしてごらん。
まず、香具山の埴土(はにつち)(粘土)で平瓮(ひらか)(土器の皿)と厳瓮(いつべ)(土器の酒壺)を作り、厳瓮に酒を入れ、平瓮と一緒に川に流すのです。もし川の魚が酒に酔って木の葉のように流れたら、国のまつりごとは必ず安らかに進むでしょう」と。
日ごろから国のまつりごとが平和に進むことを願っていた天皇は、早速、夢のお告げに従い、香具山の土で作った厳瓮に酒を入れ、平瓮とともに夢淵の清らかな流れに沈めた。すると不思議や、酒に酔った魚はみるみるうちに白い腹を返し木の葉のように流れ始めた。まさに瑞兆であった。
その夢淵の下流に大きく平らな石がある。家来、村人たちはその石に立ち、魚が白い腹を見せ青く清らかな川を流れていくさまを眺め、国のまつりごとが安らかに進むしるしと皆で喜び合った。この石を「魚見石」といい伝える。
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その魚は鮎であった。鮎は吉兆を占う魚として魚篇に占の字が。
夢淵は、高見川、日裏川、四郷川が合流するエメラルドグリーンに澄んだ神秘的な淵。今も緑の山々に囲まれ、神代そのままの美しさ、清らかさをたたえている。
東吉野村の自然
今回のお話の舞台の東吉野村は、美しい清流と深い山々に囲まれた自然豊かな村です。これからの季節は、「宝蔵寺」や「高見の郷」で枝垂桜が楽しめます。
宝蔵寺の枝垂桜は、東吉野村の天然記念物に指定されている推定樹齢430年の桜で、エドヒガンの枝垂桜としては奈良県で最大です。豊臣秀吉が醍醐寺で花見を開いたときに取り寄せた桜のひとつが宝蔵寺の桜といわれています。高見の郷は、1000本の枝垂桜が咲き誇る感動の絶景。高見の郷は標高が650mと高く、吉野山などの桜よりも開花時期が遅いため4月下旬まで楽しめます。
宝蔵寺の枝垂桜
物語の場所を訪れよう
宝蔵寺(東吉野村木津)
東吉野村役場より北東へ約7km
高見の郷(東吉野村杉谷)
東吉野村役場より北東へ約9.2km
問
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東吉野村地域振興課(宝蔵寺について) |
電話
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0746-42-0441 |
問 |
高見の郷事務局 |
電話 |
090-5136-9844 |