「世間の無常を厭へる歌二首」と題された歌の第二首です。 「無常」とは不変のものはないことを表す仏教のことばであり、題詞や歌本文に「世間」とあるのも、この世を煩わしい仮の世ととらえる仏教的な考え方に基づくことばとみられています。これらのことから、「至らむ国」とは極楽浄土を指すと考えられます。 同じ題を持つ三八四九番歌には「生死(いきしに)の二つの海を厭(いと)はしみ潮干(しほひ)の山をしのひつるかも」と、生や死の苦しみのない彼岸を求める思いも詠まれています。 これら二首の歌には、河原寺(かわらでら)の仏堂の中の倭琴(やまとごと)の面に記してある、という注も付されています。「河原寺」とは明日香村川原にあった川原寺のことで、現在は弘福寺が建つ場所にあたります。 川原寺は、斉明天皇の川原宮跡に、その子である天智天皇が建立したといわれています。飛鳥寺・薬師寺・大官大寺とともに飛鳥の四大寺に数えられる大寺院でした。発掘調査によって特異な伽藍配置であったことが確認され、川原寺跡として国史跡に指定されています。橘寺の北に位置し、回廊や塔の跡を自由に見学することができます。 『日本書紀』巻第二十九朱鳥元年四月十三日条には、この川原寺に置かれていた伎楽団を筑紫(つくし)に派遣して新羅国の客人をもてなしたとも記されています。 仏教的な内容を表現した二首の歌が「倭琴」に記してあったということとあわせて考えると、古代寺院と歌舞音曲との間には、現代人が想像する以上に密接な関係があったようです。 仏教の影響がほとんどないといわれる『万葉集』ですが、それは「釈教歌(しゃっきょうか)」などを載せる後世の和歌集と比較してのことであり、今回のように仏教に関連する歌も収められています。 (本文 万葉文化館 井上さやか)
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