天平宝字(てんぴょうほうじ)三(七五九)年正月元日、因幡(いなば)の国庁で行われた饗宴にて、大伴家持が詠んだ歌です。『万葉集』の末尾に収められる歌としても著名です。「新しき年の始の」「初春の」と類似の語を繰り返し用いたのは、この年の元日が立春と重なるからだと考えられます。二重にめでたい日に、新年に降る雪が吉兆を示すことを詠んでいます。 中国南北朝時代(四三九~五八九年)の詩集である『文選(もんぜん)』に収められる謝恵運(しゃけいうん)の「雪賦」に、積雪が一尺(約三十cm)を越えることは豊年となる証しと記されます。古代日本でも、『凌雲集(りょううんしゅう)』に収められる菅原清公(すがわらのきよきみ)の「早雪を賦すに和す」や『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』巻一に収められる紀長谷雄(きのはせお)の「春雪賦」などの漢詩に、一尺の雪は吉兆であると記されます。このように、雪が豊年の予兆との思想が中国から日本に伝わったことが分かります。 また、『明月記』安貞(あんてい)元(一二二七)年十一月二十九日条に「寒気、堪えがたきといえども、雪降らず。これ、また凶年に向かうか」とあります。雪が降らないことが凶兆であるというのです。 雪が降ったり降らなかったりすることが吉凶を予兆するのは、観念的なものではありません。人々の目に映えるからということでもありません。現実的な意味合いを含みます。 冬に雪が降ることは、季節が順調に循環しており、気温が低くなっていることを示します。気温の低下によって、農作物に害を及ぼす虫の卵の孵化(ふか)を防ぎます。すなわち、害虫が減少すれば、結果として農作物の被害が減り、豊作となる可能性が高まるのです。また、雪は農作物の成長に必要な水をもたらします。これらのことを古代人は経験則として把握していたのです。 (本文 万葉文化館 中本和)
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