この歌は「詠霞(えいか)」と題された歌群の中の一首で、季節に関わる歌を集めた『万葉集』巻十に収められています。 作者も詠まれた時期も明確にはわかりませんが、類似する表現を持つ持統天皇歌「春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香具山」(巻一・二八)が最古の季節歌と考えられており、それ以降の歌とみられます。 朝の春日山に霞がたなびいている景色を見て春の到来を感じたと表現されていることからも、春日山の西に営まれた平城京に遷都した後の歌であった可能性が高いといえます。 万葉歌が詠まれ書き記された時代は、まだひらがなやカタカナがありませんでしたので、すべて漢字で書き表していました。この歌の場合は「寒過暖来良思朝烏指滓鹿能山尒霞軽引」といった具合です。 「寒」は寒い季節の意味で「ふゆ」、反対に「暖」は暖かい季節ということで「はる」とよませたと考えられています。その一方で、「良思」は漢字の意味とは関係なく「らし」の発音を、「滓鹿」も同様に「かすが」という発音を示すための表記です。また、「朝烏(あさひ)」は、太陽の中に三本足の烏(からす)がいるという中国の伝説による太陽の別称「金烏(きんう)」にもとづく用字とみられます。「たなびく」を「軽引」と表記しているのもとても面白く感じます。「霞」のように、現代と同じ文字とよみかたもあれば、まったく異なる漢字の使い方もあり、興味は尽きません。 現代日本語の感覚からするとふざけたような当て字にみえる例もありますが、外国語の文字であった漢字を使って自国語を書き表そうとしていた時代の、創意工夫の痕跡を垣間見ることができるように思います。 (万葉文化館 井上さやか)
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