万葉のうた

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第3回 海石榴市(つばいち)

 
屋上庭園万葉スクリーンに掲示している万葉歌の紹介、第3回は、NO.3 海石榴市(つばいち)です。


紫(むらさき)は 灰指(さ)すものそ 海石榴市(つばいち)の 八十(やそ)の衢(ちまた)に 逢へる児(こ)や誰
(万葉集第12巻 3101番 作者未詳)


〈現代語訳〉
 紫の染料は灰汁を入れるものよ。灰にする椿の、海石榴市の八十の辻に逢ったあなたは何という名か。

〈解説〉
 
歌をかけあって結婚相手を探すという歌垣(うたがき)の中で詠まれた歌とみられます。歌垣は、市場や山中や橋のたもとなど決まった場所で、春と秋に行われました。現在の桜井市にあった海石榴市で出会った女性に、高貴で美しい紫色の染め物を連想させながら求婚した、機知に富んだ歌です。『万葉集』ではこの後の三一0二番歌として、ゆきずりの男性に簡単には応じられない、という女性側が答えた歌も載っています。


 海石榴市(つばいち)は桜井市金屋あたりにあった古代で最も大きな市場です。桜井市金屋は桜井駅から1.2kmほど北側にあり、現在は静かな住宅地ですが、万葉の時代には国内有数の交易の中心地でした。大阪から大和川をさかのぼってくる川船の終着点で、当時の幹線道路である山の辺の道・初瀬街道・磐余の道・竹ノ内街道が交錯する交通の要衝だったのです。市の立つ日はにぎわいを見せ、若い男女が集まって互いに歌を詠み交わす「歌垣」も行われたようです。
 この歌の内容は、男性が海石榴市で出会った女性に名前を尋ねるというだけのことですが、当時は名前を尋ねることはプロポーズを意味し、女性が名前を教えることは結婚OKということでした。解説にもありますように、この歌の場合には名前を教えてもらえなかったようです。
  この歌の前半部の「紫は灰指すものそ」は、海石榴市を導き出すための序詞です。海石榴市の海石榴とは椿のことであり、紫を染めるのに椿の木灰を媒染料にしたことから、「紫は灰指すものそ」と歌い出して、海石榴市に繋げているのです。海石榴市には、椿の木が多く植えられていたようです。
 「衢(ちまた)」とは分かれ道や交差点のことで、道がいくつにも分かれている所は「八衢(やちまた)」と呼ばれていたのですが、海石榴市は四方八方からの主要な街道が交差している場所なので、「八十(やそ)の衢(ちまた)」と表現されました。