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大和古墳群 下池山古墳 おおやまとこふんぐん しもいけやまこふん

記入年月日 2024/10/11

下池山古墳全景(西から)
所在地
天理市成願寺町
区分
遺跡 | 古墳
指定内容
国指定史跡

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
 下池山古墳は大和古墳群の中央部に立地し、盟主墳である西殿塚古墳の西方約400mにあって南北方向の主軸を持つ全長120m(後方部長60m、後方部幅57m、後方部高14m、くびれ部幅26m)の前方後方墳です。
 墳丘は後方部、前方部とも2段築成で、葺石を伴い墳丘周辺には周濠跡の地形が残ります。後方部には、大阪府柏原市国分市場付近に算出する芝山火山岩の板石を合掌形に積み上げた全長6.8mの長大な竪穴式石室があり、石室内にはコウヤマキを用いた木棺が遺存していました。盗掘を受けていましたが、石室内部から翡翠製勾玉、ガラス玉、碧玉製管玉、同石釧、鉄剣、刀など副葬品の一部が出土しました。また、主体部構築過程の石室被覆石を整えた段階で小石室を築き、内部に径37.6㎝の大型倭製内行花文鏡1面を納めていました。
 一方、特殊器台を伴う中山大塚古墳に比べると、石室壁体の積み上げが整美で、裏込めや暗渠排水が石室構造に施されているなど新しい様相を呈することから、古墳時代前期前半でも新しい段階に築かれた古墳と思われ、年代は4世紀前半の築造と想定されます。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
 天理市から桜井市にかけての奈良盆地東南部山麓には、古墳時代前期を中心とする「オオヤマト古墳群」が展開しています。同古墳群は北から、西殿塚古墳を盟主墳とする「大和古墳群」、行燈山古墳・渋谷向山古墳を盟主墳とする「柳本古墳群」、箸墓古墳を盟主墳とする「纒向古墳群」に分けられますが、下池山古墳はこのうち「大和古墳群」に属します。
 「オオヤマト古墳群」を構成する各古墳はその大半が初期ヤマト王権を構成する有力者の墳墓とみられ、我が国の国家形成と密接にかかわる古墳と考えられています。下池山古墳についても、墳丘規模や副葬品等から相当の地位にあった被葬者の姿が想定され、国家形成を語る上で欠くことのできない古墳といえます。
 また、下池山古墳は周辺の里山景観とよく調和し、この地域独特の景観を醸成しており、その面からも地域にとって重要な歴史文化資源といえます。
問い合わせ先
天理市教育委員会文化財課
電話番号
0743-65-5720

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。