はじめての万葉集

県民だより奈良平成28年2月号 



       
 
   

今月の歌

西の市に ただ独り出でて 眼並べず 買ひにし絹の 商じこりかも
西の市に一人で行って、見比べもせず買ってしまった絹の、買いそこないよ。

本文

平城京には、中心をつらぬく朱雀大路(すざくおおじ)を挟んで東と西に市場が設けられていました。
この歌は、その平城京の西の市を詠んだ歌のようです。

平城京の西の市は、現在の大和郡山市九条にありました。
そこでは、各地から納められた特産品を含めて、さまざまな品物が売り買いされていたと考えられています。

平城宮跡から出土した木簡には、主食のコメをはじめとして、アワビ、ワカメ、タイ、カツオ、サバ、イカ、ナマコなどの海産物や、ミカンやクルミ、そして塩や酢(す)、醤(ひしお)といった調味料まで、さまざまな品名が書かれています。
また、時代は下りますが、平安京の西の市には、絹などの布地、糸、針、帯、櫛、土器、米、油、塩、飴、牛などの店があったことが、『延喜式(えんぎしき)』に記録されています。

そんな多彩な品物が並ぶ古代の市場ですが、高価だからといって良品だとは限りません。
この歌は、市場に一人で出かけ、よく見比べもせずに粗悪な絹を買ってしまった、と嘆いています。
品物の良し悪しは、自分で見極めて買う必要があったようです。絹織物は、国際的な通貨がわりにもなる重要な商品でした。

そうした生活のひとコマにたとえながら、この歌で作者が本当に表現したかったのは、自分一人で恋人を選んだら失敗してしまった、という苦い恋の思いだったとみられています。
市場での品物選びと同じように、恋の失敗もひとつの経験として乗り越え、より良いめぐりあいが訪れたことを祈るばかりです。
(本文 万葉文化館 井上さやか)

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平城京西市跡

平城京の生活物資の流通と商業の中心だった官営の市場西の市跡を示す石碑が近鉄九条駅の東側にあります。
大和川から人工河川の西の堀川(秋篠川)を上がって多くの品物が西の市に運ばれ、万葉人たちの生活を支えていました。

近鉄九条駅で下車して東へ約400mに平城京西市跡がありますという画像
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