第二十一代雄(ゆう)略(りゃく)天皇の段には、天皇が王宮から出て、野にいる少女に声をかける話がいくつかあります。同じような話は、『万葉集』の第1番歌にも、雄略天皇の歌として載せられています。 ただし、『万葉集』では、舞台がどこなのかわかりません。一方の雄略記では、おおよその地域が特定でき、話の具体性を高めています。 雄略記には、長(はつ)谷(せ)朝(あさ)倉(くらの)宮(みや)(桜井市)の近辺や吉野での話が収められています。今回紹介するのは、王宮近辺でのエピソードです。 美(み)和(わ)河(がわ)(三輪地域を流れる大和川)で衣を洗う麗(うるわ)しい少女を見た天皇は、早速声をかけました。 まず天皇は、少女がどこの誰かを尋ねます。この行為を求婚とみる人もいますが、そうではなく、当時は、天皇と豪族との関係が基本でしたので、少女がどの豪族の娘であるかを知りたかったのです。 引(ひけ)田(た)部(べの)赤(あか)猪(い)子(こ)という少女の名を聞いた天皇は、赤猪子を嫁にするので、それまでどこにも嫁(とつ)がないように伝えました。ところが、いっこうに迎えに来ないまま、八十年も過ぎてしまったのです。 すでに老婆となった赤猪子は、我慢できずに天皇を訪ねに行きます。すると、どうやら天皇は、完全に約束を忘れていたようです。 もはや結婚は無理だと考えた天皇は、代わりに歌を詠みました。赤猪子も歌でこたえました。 赤猪子はあまり納得いかなかったようすでしたが、話はこれ以上展開しません。なんともやりきれない思いだけが残ります。 (本文 万葉文化館 竹本 晃)
編集部の古事記コラム 訪れた赤猪子に、雄略天皇は「大(おお)神(みわ)神社の神聖な樫の木のもとの近寄りがたく神聖な乙女よ」「若い頃に一緒になれば良かったが、歳を取ってしまったよ」という趣旨の歌を、それに対して赤猪子は「大神神社の立派な垣根の築き残しのように神に付き従ってきた私は今は誰に頼ればよいのでしょうか」「美しい蓮の花のような若い人がうらやましいです」という趣旨の歌を詠み合ったそうです。 それにしても80年とは、とても長いですね。
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