奈良ゆかり探訪

 



▲『種々薬帳』前部(朝比奈泰彦編「正倉院薬物」植物文献刊行会1955より)


◆天平の苦しみを癒(いや)やしたマレーシアの薬  
 東大寺の大仏さまを造立したことで知られる聖武(しょうむ)天皇。その天皇を后として支え続けたのが、光明(こうみょう)皇后です。光明皇后は、体が丈夫でなかった夫・聖武天皇のために、唐・新羅(しらぎ)・東南アジア諸国から数々の薬草を集めたといいます。シルクロードの終点として、あらゆる文物が世界各地からもたらされた国際都市・平城京ならではの薬草コレクションでした。
 しかし、756年聖武天皇はついに崩御されました。光明皇后は、「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」と呼ばれる薬草の目録を、天皇遺愛の品々に添えて東大寺の大仏さまに献納し、夫を偲んだといいます。
 この「種々薬帳」には、約60種類の薬草名や使用法などが詳しく記載されており、海外産の薬草も多く含まれていました。1948年の東京大学による調査で、「檳榔子(びんろうし)」という薬草がマレーシア産の高木ビンロウジュ(マレー語では「ペナン」)の種であることが確認されました。紀元前から、興奮性の麻酔作用を持つこの種は、日常のぜいたく品や贈り物、宗教儀式の道具としてインドからオセアニア各地まで広く用いられてきたものです。
 近年の調査では、1250年の時を超え、今も薬としての効果を有することが明らかになりました。
 「種々薬帳」には「病に苦しむ人々のために薬草を用いるように」との光明皇后の願いがこめられていました。はるか天平の昔に、マレーシアから海を渡った薬草が、天平の人々の苦しみを救っていたことに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


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