薬剤耐性菌による感染症
(2021年4月1日作成)
原因と背景
薬剤耐性菌とは、治療に使用する特定の種類の抗菌薬が効きにくい、または効かなくなった細菌です。複数の抗菌薬に耐性を示す「多剤耐性菌」や、「最後の切り札」とされるカルバペネム系抗生物質に耐性を示す腸内細菌科細菌(CRE)の出現・増加など、世界中で大問題となっています。
「薬剤耐性菌に起因する死亡者は約70万人(2013年)、このまま、何も対策を取らない場合、2050年にはガンによる死亡者を超えて1000万人に達する」(オニールレポート)とされ、薬剤耐性(AMR)関するグローバルアクションプランが2015年にWHO総会で採択されました。
日本では2016年からAMR対策アクションプランが開始され、ヒト・動物・環境の多分野で取り組む、包括的な対策「ワンヘルスアプローチ」が提唱されています。
感染経路と症状
薬剤耐性菌はヒトからヒト、ヒトから環境へと拡がります。特に、抗菌薬使用が不可欠な患者が多く入院する医療機関では、医療者の手指や医療器具等を介し、院内感染として拡がっていきます。更に、近年では、医療行為を受けていないヒトに感染する市中感染症の原因菌として、また、分娩直後の新生児からも耐性菌が検出されるなど、問題が山積です。
薬剤耐性を獲得する細菌は、病原性の弱い常在菌の場合が多く、一般的に、感染しても保菌状態のまま、無症状で経過します。しかし、免疫が低下している患者や高齢者等では、薬剤耐性菌が血中に侵入し、症状を呈することがあります。薬剤耐性菌による感染症のうち、臨床的に重要な7疾患(下記)については、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づき、感染症発生動向調査で監視、並びに、分離菌株の遺伝子解析(※)を行っています。なお、症状は、薬剤耐性菌が播種し定着する臓器や器官によって様々ですが、「薬が効かない」ため、難治療で死亡率の高い感染症に分類されます。
◆五類全数把握(4 疾患)
*カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症 ※
*バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症 ※
*バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)感染症
*薬剤耐性アシネトバクター(MDRA)感染症
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◆五類定点把握(3 疾患)
*メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症
*ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)感染症
*薬剤耐性緑膿菌(MDRP)感染症
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奈良県における薬剤耐性菌による感染症年次別報告数
薬剤耐性菌感染症
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2016年
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2017年
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2018年
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2019年
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2020年
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全数
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CRE
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22
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27
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45
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35
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33
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VRE
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5
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0
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7
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4
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9
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VRSA
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0
|
0
|
0
|
0
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0
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MDRA
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0
|
0
|
0
|
0
|
0
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定点
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MRSA
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452
(75.33)
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458
(76.33)
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579
(96.50)
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553
(92.17)
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418*
(69.67)*
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PRSP
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98
(16.33)
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49
(8.17)
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52
(8.67)
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43
(7.17)
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17*
(2.83)*
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MDRP
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2
(0.33)
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4
(0.67)
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7
(1.17)
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4
(0.67)
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2*
(0.33)*
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( )定点当たり報告数
奈良県における薬剤耐性菌による感染症届出数は、全国と比較して大変多く、一部を除き、年次ごとに増加傾向にあります(*2020年の定点報告数は暫定値)。
特に、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症とバンコマイシン腸球菌(VRE)感染症は、耐性遺伝子伝搬や今後及ぼす影響等において、特に注視すべき感染症です。
◆カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE )感染症
「最後の切り札」とされるカルバペネム系抗生物質に耐性を示す、大腸菌などの腸内細菌科細菌による感染症です。CREは、複数の系統の薬剤に耐性であることが多く、また、プラスミド上に存在する薬剤耐性遺伝子を、種を超えて他菌種に拡散するなど、臨床的にも疫学的にも重要な薬剤耐性菌として国際的な脅威とされます。
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◆バンコマイシン耐性腸球菌(VRE )感染症
腸内常在菌叢の一つである腸球菌は、生来、複数の薬剤に耐性を示し、バンコマイシンが唯一の治療手段です。このバンコマイシンに耐性を示した腸球菌(VRE)による感染症です。腸球菌自体は病原性が弱いため、VRE感染症にまで至ることは少ないですが、プラスミド上に存在する薬剤耐性遺伝子を、より病原性の強い黄色ブドウ球菌に拡散する恐れから、重要監視対象とされています。国内で蔓延しているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症の治療に用いる、バンコマイシン、テイコプラニンが無効となる、バンコマイシン耐性MRSAを誕生させることは、絶対に避けなければなりません。
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奈良県保健研究センターにおける耐性遺伝子検査状況
CREについては、2015年4月から、協力医療機関からの提供菌株を対象に先行解析を開始しました。2017年4月からは厚生労働省通知により、県内全医療機関において患者から分離された全菌株を対象に耐性遺伝子検査を実施しています。耐性遺伝子(カルバペネマーゼ遺伝子)の保有率は、年次ごとに増加傾向にあります。
解析対象期間および菌株数
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耐性遺伝子(カルバペネマーゼ遺伝子)検出
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2015年4月~2016年3月
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33株(4医療機関;保菌者分離株含む)
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8株(24%)
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2016年4月~2017年3月
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19株(6医療機関)
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8株(42%)
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2017年4月~2018年12月
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61株(全医療機関)
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23株(38%)
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2019年1月~2019年12月
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34株(全医療機関)
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18株(53%)
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2020年1月~2020年12月
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30株(全医療機関)
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14株(47%)
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VREについては、県内での増加傾向を鑑み、2019年4月より、県4保健所管内の全医療機関の患者分離菌株を対象に解析を開始し(※解析対象菌株は2018年4月届出分から可能な限り収集)、2020年4月からは、奈良市を含む県内全医療機関の届出患者より分離した菌株を対象に、耐性遺伝子検査を実施しています。解析した全ての菌株で、耐性遺伝子のうち、プラスミド上に存在するvanA、vanBの保有が確認され、県内でのVRE蔓延が危惧される状態です。
解析対象期間および菌株数
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耐性遺伝子
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2018年4月~2020年12月
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16株
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16株(100%)
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解析結果に関する詳細は、奈良県保健研究センター年報をご覧ください。
AMR 対策
細菌は様々な方法を駆使して抗菌薬暴露から生き延びようと試み、これらの薬剤耐性機構は細菌のDNAに組み込まれます。耐性DNAは染色体上、プラスミド上に存在し、垂直・水平伝搬により同菌種のみならず、異菌種にも受け継がれ薬剤耐性菌は誕生していきます。
薬剤耐性菌を選択的に増加させる最大の人的要因に「抗菌薬の不適正使用」があります。抗菌薬の不適正な使用は、非耐性菌を減少させ、耐性菌に有利な体内環境を作ってしまう結果を招きます。抗菌薬は用法用量を守り、医師の指示に従い、適正な使用を心掛けましょう。
*広域スペクトラム抗菌薬を多用しない
*抗菌薬の過小投与(量、期間)をしない(投与中止を自己流で判断しない)
*「風邪」に抗菌薬投与は不要(ウイルス感染が原因のことが多い)
薬剤耐性菌による感染症は、氷山の一角に過ぎません。背景に存在する耐性菌保菌者の増加を食い止めるためには、医療機関や高齢者施設を始めとした、あらゆる場面での感染対策が大変重要です。特に手指衛生は伝搬防止の鍵です。WHOの提唱する「5つのタイミングに準拠した正しい手指衛生」を行う必要があります。
最後に
1928年のフレミングによるペニシリンの発見に始まる抗菌薬の開発により、感染症治療は目覚ましい進歩を遂げ、多くの人命が救われました。他方において、抗菌薬の開発と薬剤耐性菌の出現はいたちごっこであり、抗菌薬の開発が鈍化した現代において、残された「効く薬」はほんの僅かしかありません。「効く薬」さえあれば簡単に治る感染症で、人命が失われていく「中世の時代」に逆戻りすることは絶対に避けなければなりません。
参考
・抗菌薬が効かない「薬剤耐性(AMR)」が拡大!一人ひとりができることは?(政府広報オンライン)
・薬剤耐性(AMR)に起因する死亡者の推定Antimicrobial Resistance in G7 Countries and Beyond, G7 OECD report,Sept.2015)
・AMR臨床リファレンスセンターHP
・Five moments for
hand hygiene(WHO)
・感染症発生動向調査事業年報確定報告データ(厚生労働省健康局結核感染症課、国立感染症研究所感染症疫学センター、2018年~2019年)
・IDWR感染症週報(2020年第52、53週合併号)
(文責 細菌担当)