はじめての万葉集

 

吉野に生える久木(ひさき)

 『万葉集』には吉野の宮を讃(たた)えて詠んだ山部赤人(やまべのあかひと)の歌がいくつか載っています。右の歌もそれにあたり、長歌(ちょうか)に対する反歌(はんか)の一つになります。
 「ぬばたま」はヒオウギという植物のことで、種子が真っ黒であることから黒いものに続いていきます。この歌でも「ぬばたまの夜」とあることから、暗闇になる夜を導く言葉として使われています。その夜更けに川原で千鳥が鳴いているようすが詠まれています。
 「久木」がどういった植物なのか、キササゲや雑木、老木と諸説ありますが、現在はアカメガシワとする説が有力です。アカメガシワは芽が赤色であるためその名が付けられました。かつて食べ物を葉にのせたことから五菜葉(ごさいば)という別名もあります。野生のものでも川原に生えることがあるので、「久木生ふる清き川原」の表現と合致しています。
 アカメガシワは北海道・沖縄を除く日本の各地でみることができ、山歩きをされる方にとっては馴染みのある樹木ではないでしょうか。褐色の樹皮は漢方の生薬になり、胃潰瘍(かいよう)などに効能があります。
 アカメガシワの特徴としては、その成長が著しく早く、開墾地でも他の樹木に先立って育つという点が挙げられます。そのため「久木」が吉野の宮を讃える歌に詠まれたのは、アカメガシワが豊かな生命力をもつ樹木であったからと考えられます。
(本文 万葉文化館 小倉 久美子)


 天武天皇、持統天皇、聖武天皇がたびたび訪れた吉野の宮。吉野の宮の場所については諸説ありますが、近年の発掘調査によって現在の宮滝付近が有力視されています。江戸時代の儒学者貝原益軒(かいばらえきけん)が『和州巡覧記』に「宮滝は滝にあらず」と書いたように、名称から誤解されることが多いですが、宮滝は水が激しく流れるという古語の「タギツ」からきているそうです。
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