このコラムでお伝えして参りました「生誕130年記念 髙島野十郎展」は瀬戸内市立美術館さまで開催中です。当館と同様の事情で会期が6月5日の開幕から6月22日へと延期になってしまいましたが、まずは開幕を迎えられたことが何よりです。髙島展はこの後千葉県の柏市民ギャラリー、群馬の高崎市美術館へと巡回いたします。奈良会場は閉幕いたしましたが、巡回が続いていると作品の無事と各会場の様子はずっと気になりますので、なかなか終わった気にならないものです。
とはいえ、既に当館は次回開催の特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」展の展示陳列作業のまっただ中でございます。展示室ではぞくぞくと作品の梱包が開かれて、点検ののち、展示室の各所へと配置されていきます。前回のコラムでも触れましたが、料理で言えばさしずめ火を使った工程に入るようなものです。いよいよ皆様の目に触れる部分へと作業の手がかかりますから、展示室は一気に美術展覧会らしい姿へと変わっていきます。
作業中はもちろん作品が最優先です。開梱や移動の際には自然と周囲も必要最低限の会話と動きになりますので、展示作業は黙々とした雰囲気の中で進みます。移動もなるべく作品に衝撃のないように、揺れないように行いますから、おそらく皆さんの想像よりもずっと動的(ダイナミック)ではない、静的(スタティック)な作業の繰り返しです。さながら無言劇のような、舞踊のような光景に見えることでしょう。
その沈黙の中、展覧会担当の学芸員は頭と身体をフル回転しています。展示作業はとにかく「決めること」の繰り返しですから、作品の状態確認では展示に問題がないか「決める」、位置を「決める」、高さや向きを「決める」、照明や解説を「決める」…といった案配で、展示期間中はずっと何かを決めています。展示作業は美術館のものだけでなく、美術輸送、造作、照明と様々なプロフェッショナルの方々との協同作業でもありますから、それぞれの視点からの意見を踏まえて、作品ひとつひとつに始まり、作品同士の間隔、作品を展示していない空間のバランスなど、およそ展示室で目に入る全てを決定していくことが、展示作業の本質になります。
決めることが求められていますから、困るのは「迷うこと」なのです。なにごとも予想通り、ストレートにはまってしまえば万々歳なのですが、私個人としては、そんな具合に上手く事が運んだ経験は皆無です(残念ながら)。考えてみれば、展覧会は毎回異なる作品、並び順、展示構成なのですから、例え過去に展示したことのある作品でも、全く同じ状況で展示する機会はないわけですね。当然、作品の位置はココでいいのか、隣の作品との並びはコレでいいのか、実際に配置してから悩むこともあります。多くの場合、現場では軽いパニック・興奮状態ですから、直感よりも過去の自分の判断を信じて進めていきますが、時に自分の感覚が強くささやくことがあります。「コッチの方がいいんじゃないか?」と。この状態になったが最後、頭の中からずっと離れません。ギリギリで変更する場合もあります。そんな時、限られた時間の中で展示にご協力いただいている美術輸送の皆様との微妙な雰囲気もまた、とても(味わいたくない)スリリングなものです。
その他、展示では実に様々なハプニングがあります。展示してみたら予想していたのと違った、という担当者にしか分からないものから、思っていたより額が大きかった、ケースとサイズが合わない! 展示具がうまくはまらない!! 展示スペースが足りない!!! などなど。思い出すだけで冷や汗をかくようなこともありました。今もあります。作品の安全はともかく、こうした展示そのものにまつわる悲喜こもごものエピソードは、おそらく私だけのことだと思いたいですが、機会があれば学芸員にもお伺いしたいものです。
とはいえ、今回の展示は私のようなことがあるはずもなく、今回の担当である当館学芸課長のもと、展示作業は今日も着々と進んでおります。作品の配置が完了すれば、その後は解説などの会場を飾るもの、そして照明へと、役者が舞台に上がる支度をするように展覧会が立ち上がっていくのは、仕事とはいえ毎回とても気分が高揚するものです。
特別展「ウィリアム・モリス展」は6月26日からの開幕となります。開幕後はまた担当をバトンタッチいたしまして、このコラムでもモリス展の情報をお伝えして参りますので、展覧会と合わせてお楽しみください。
深谷 聡 (髙島野十郎展担当学芸員)