ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。
「生誕100年 中村正義 -その熱と渦-」開催にあたって
深谷 聡(学芸員)
2025年6月7日

5月31日より、特別展「生誕100年 中村正義 -その熱と渦-」が開幕しております。
籔内館長によるコラム「館長の部屋」でもご紹介のあった通り、本展は「日本画の風雲児」「反骨の画家」などと称され、戦後の時代に鮮烈な活動を行った画家・中村正義の生誕100年を記念した展覧会です。本展は巡回展として豊橋市美術博物館、平塚市美術館に続き、3会場目の当館で最終会場となります。

(正義画像:1972年2月 槇野尚一撮影)
中村正義は1924年に愛知県豊橋市に生まれ、日展の重鎮である中村岳陵に師事して戦後の日展で将来を嘱望された画家でした。しかし会員に推挙された1961年に師のもとを離れ日展からも離脱します。以後、旧態依然とした日本画壇に反逆し続けたことで、異端・鬼才・風雲児などさまざまな呼称がこの画家の名前に冠せられ、戦後の日本美術において特異な存在と目されてきました。
正義は多彩で精力的な活動を展開する一方、決して独歩の道を歩んだ作家ではありません。同時代の作家たちと深く関わり、彼らを巻き込んでさながら台風の目のように強い牽引力を発揮したことも注目に値します。
その例として、美術評論家の針生一郎とともに立ち上げた「日本画研究会」では、朝倉摂、横山操、片岡球子など在野の画家たちと日本画のあり方について研鑽を重ね、その後同郷の星野眞吾とともに異色の美術グループ「人人会」を創立したほか、更には多様なジャンルの表現者を取り込んだ芸術祭「東京展」の構想と実現へと至ります。
また、世に認められることなく病没した三上誠の才を惜しみ、回顧展の開催に力を尽くし、速水史朗や岸本清子ら若い画家たちへの支援を行うなど、ジャンルや世代を超えて「つながる」ことを重視した作家でした。自身も道半ばの52歳で病没しましたが、その短い生涯はさまざまな画家や関係者に影響を及ぼすとともに、そうした交流から正義の画業のダイナミズムが生み出されたとも言えるでしょう。
正義の生涯のご紹介は上記の通りですが、ここからは本展覧会について、タイトルにも冠した「熱」と「渦」をキーワードにご紹介させていただこうと思います。
「熱」ですが、これは正義自身の旺盛な活動をその代表作から振り返るというものです。正義の作品は時代と共に幾度もスタイルを変えていきます。初期の穏やかな日本画然とした作品から、中期には鮮やかな赤や蛍光色が印象的なこんにち正義“らしい”と言われるもの、そして後期には不安を映すような非常に暗い画面へと、目まぐるしく変化する画風は、正義の既成概念に挑戦する意志を強く反映しているといえます。
そして、舞台美術、挿絵、写楽研究、建築の提案など、絵画にとどまらない多様な活動も、正義の「熱」を象徴しています。光と影のように、生涯にわたって正義につきまとう病の影の中で追い立てられるような、もがくような正義のエネルギーを感じていただければと思います。
「渦」ですが、これは正義のみならず、師である中村岳陵、その画塾である蒼野社、研究グループである一采社、日本画研究会や人人会、東京展など、正義と関わりのある同時代の作家や多くのグループを正義とともにご紹介することで、「異端」と称される正義の活動を戦後の日本画の流れの中で振り返ります。正義がひとり独自の道を歩んでいた訳ではなく、日本画以外の美術の分野、またもっと大きな社会の状況の中で、前衛とされる大きなうねりのあった時代に特異とされてきた正義の作品を新たな視点から紹介します。
みどころとは離れますが、この展覧会の企画に関わりはじめたのが3年ほど前になります。それから本日まで、正義について色々と見聞きし、調べて、常に頭のどこかにこの展覧会のことがある状態だったのですが、開幕が近づき、展覧会のことを具体的に考えるようにつれて、頭の中といいますか、常に背後に正義の顔、あの印象的なまなざしを感じるようになりました。「俺はこれだけ反骨的なことをしたのに、きれいにまとめてよいのか」「そんなありきたりなことで良いのか」と、ささやかれているような気持ちで準備をしていました。巡回したそれぞれの担当者にもそれぞれ感じるものがあったのかと思っています。
本展の図録には付録として漫画の冊子がついています。これは本展の企画者である豊橋市美術博物館の丸地学芸員の強い意志で実現したものです。初めてその話を聞きましたときは、変わったことするなあという感想でしたが、改めて考えると、丸地さんも正義の渦にのまれているのではと改めて思いました。
非常に個人的な話となりまして恐縮なのですが、これも展覧会の裏側ということで書かせていただきました。

(漫画・河井克夫)
本展を通して、正義や同時代の作家が、先のわからない中で格闘した、そのメッセージを、現代の、今を生きる人としての眼で見て、感じていただければと思います。
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