学芸員の部屋

ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。


「大和の美」展について ~展覧会企画の舞台裏

 

松川 綾子(学芸員)

2025年2月24日

 

 今回の展覧会は、「大和の美」と題して、美術を通じて奈良の歴史や文化の魅力を紹介しようというものです。奈良の文化芸術といいますと、遺跡などをはじめとする考古学の分野や仏像彫刻に代表される仏教美術などが知られますが、本展では絵画に焦点を当て、主に中世から近現代までの奈良にゆかりの深い絵画作品を、序章 古代・ヤマトの美、第1章 中世・南都の美、第2章 近世・大和の美、第3章 近現代・奈良の美―洋画、第4章 近現代・奈良の美―日本画の5章で展観し、その流れをたどる構成となっています。特に本展では、「古都を彩った絵師たちの競演」というサブタイトルにもありますように、奈良ゆかりの絵師に焦点を当てており、知られざる奈良の画家たちにも目を向け、個性豊かな表現をお楽しみいただきたいと考えています。

 とりわけ注目して頂きたいのが、今回特集展示として紹介している大村長府(おおむら・ちょうふ 1870-1925)です。大村長府は、現在の奈良県大和郡山市出身で、明治から大正期にかけて活動した洋画家です。奈良は古都という土地柄もあってか、「西洋画」という外来の文化が積極的に受け入れられたとは言い難く、洋画が浸透し始めたのも明治も末年頃、中央画壇の動向から遅れること半世紀後のことでした。こうした中、大村は明治中期に画業を志して上京し、本格的に洋画技法を学んだ奈良の洋画史においては希有な存在です。実は今回の特別展「大和の美」は、この大村長府という画家の存在がきっかけで企画されました。

《大邨一水翁真像》(図版1)は、大村による父親の肖像画です。絹地に油絵の具を用いて描かれており、掛け軸に仕立てられた和洋折衷といった趣の作品ですが、ご覧の通り真に迫る見事な写実的描写で、奈良にこんな絵描きがいたのかと以前よりその存在を気にかけていました。しかしほとんど作品が残っておらず、諸先輩が編集した記録集『大和美術史料第1集 孤高の画家 大村長府』(奈良県立美術館 昭和53年)に掲載された数点の図版からその片鱗がうかがわれるのみでした。ところが1年ほど前のこと、同書に掲載された後、長らく所在不明だった代表作《奈良雨中ノ藤図》(図版2)が発見されたとの情報が寄せられました。奈良市郊外の飛火野の風景を捉えた本作は、図版からも伝わってくるほど情感豊かな作品で、かねてから一目実物を見てみたいと思っておりましたので、すぐさま拝見したところ、期待を上回る大村の真価が発揮された名品でした。折しも本年は、大村の没後100年という節目の年にあたり、これは「世に送り出してほしい」という作者からのメッセージに違いないと思いました。ただまったく知られていない無名の画家で、もとより残された作品も少なく、とても個展を開催できる状況ではなかったため、どのように紹介したら良いだろうかと考えあぐねていました。そして大村という画家は洋画家でありながら、とても奈良の絵描きらしい一面を持っているため、奈良の絵師の中で位置づければ、大村の特長とともに、奈良の絵画の特質もご紹介できるのではないだろうかと考え、このような企画に至ったという次第です。

     図版1 大村長府《大邨一水翁真像》

    大正12(1923)年 絹本、油彩 1幅 当

この特集展示では、わずか10点ほどではありますが、大村の現在所在が判明している作品がほぼ全て展示されています。大村長府の画業を概観できるまたとない機会ですので、ぜひ一度、実物をご覧いただきたいと思います。そして本展をきっかけに、「直観論」という独自の絵画論・芸術観を打ち立てたこの孤高の画家に光が当たることとなれば幸いです。                                                    

 

 

 図版2 大村長府《奈良雨中ノ藤図》大正9(1920)年 麻布、油彩 1面                                                                                                                              

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