
「中村正義展―その熱と渦―」展によせて
奈良県立美術館館長
籔内佐斗司
「中村正義展―その熱と渦―」展が2025年5月31日(土)から7月6日(日)まで奈良県立美術館で開催されています。
日本画家・中村正義は、1924年、愛知県豊橋市に生まれ、1977年、川崎市内で52歳の若さで亡くなりました。「中村正義―その熱と渦―」展は、生誕100年という節目を記念して企画され、生誕の地である豊橋市美術博物館を皮切りに、平塚市美術館を巡回し、5月31日から奈良県立美術館の展示となりました。
中村正義と奈良県の接点はほとんどありません。しかし、今から28年前に、没後20年の記念展が名古屋の画廊で開催されたとき、私が「拝啓、中村正義さま」と題したお手紙ともエッセイともつかない一文を図録に寄稿したことを、「中村正義の美術館」(川崎市)の館長であるご息女・中村倫子さんが覚えていて下さって、「せっかくのご縁だから奈良でも」といって頂いたことによるものと聞いています。その辺のいきさつは本展の公式図録に、寄稿『中村正義展によせてーふたたび、拝啓、中村正義さま』をお読みいただければと存じます。
明治時代以降、日本美術院の「院展」と、文部省が主催した官展に繋がる「日展」の画家たちによって確立された正統近代日本画が、花鳥風月や四季山水、歴史画を描き続けてきた系譜のなかから、戦後にその様式や技法を大きく破壊する形で登場した日本画家たちのひとりが中村正義でした。当時の芸術文化の改革者としては、日本画家では横山操、片岡球子、洋画家の岡本太郎、舞台美術の朝倉摂、評論家の針生一郎、演出家の武智鉄二など、錚々たる面々が輩出しました。
中村正義は、日展の重鎮・中村岳陵に師事し、若くして頭角を現しましたが、その岳陵に反目する形で日展を飛び出したことに当時のジャーナリズムが与えたのが、「異端、反骨、鬼才」など本流や正統から外れたという意味の過激な形容詞でした。そして戦後の冷戦構造のなかでの急激な経済成長があきらかにした日本社会のひずみが顕著となり、政治経済とともに社会も大きな変化の時期を迎えた1970年をピークとして、芸術文化においてもとても熱い変革の時代でした。ちなみに、小説家の三島由紀夫が、市谷の駐屯地で壮絶な割腹自殺を遂げたのもこの年でした。
おりしも本年は大阪・関西万博が開催されていますが、1970年の大阪万博となにかと比較されて批評されています。あの当時の日本の選択の結果が、1980年代の未曾有の経済発展とバブル経済であり、その後に長く低迷を続けるいまのわが国のすがたであるわけです。本展は、70年の選択の意味を考え、中村正義が生きた時代と現在を比較検証する時宜を得た展覧会だと思います。そんな思いをもって、会場を巡って頂くことも意義あることと思っています。
そして、日本のありように警鐘を鳴らした彼の思想もその著作によって知ることができます。ミュージアムショップには、彼の著作も並べられていますので、ぜひお手に取って頂きたいと思います。
みなさまのご来館をこころよりお待ちしています。
(令和7年 5 月 24 日)
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