前回に続いて、19世紀の生み出した「革命的」なメディアである写真について、もう少し書いてみたいと思います。
20世紀の終わりから急速に進んだ「デジタル化」は、これまた「革命的」なことと言えます。デジタル化によって写真がさらに変化を遂げたのは疑いようがありません。今、スマホで撮った写真をすぐさまインスタグラムにアップして交流するというのも、デジタル化の賜物です。前回のコラムでは「デジタル方式であれアナログ方式であれ、カメラはレンズという光学機器で撮影する点は昔から変わりません」と書きましたが、それでは「変わった」のはどこなのでしょうか。
「写真」を英語で「フォトグラフィ Photography」と呼ぶのはみなさんもご存じのことでしょう。フランス語やドイツ語でもほぼ似たような単語です。日本では、中国語の文献から拾った「写真」という言葉を訳語として定着させましたが、「フォトグラフィ Photography」を直訳するならば「光画」としたほうがしっくりきます(実際、「光画」という言葉が使われていたこともあります)。前回紹介したように、世界初の実用的な写真技術は、考案者ダゲールが自分の名前を冠して「ダゲレオタイプ」という名称を付けたものでした。一方、「フォトグラフィ Photography」は同時代のイギリスの天文学者ジョン・ハーシェルが考えた名称で、「photo(光の)」と「graph(書く、描く)」を合成した言葉なのでした。つまりレンズという光学機器を介して「光で描いた絵」が写真というわけです。ちなみに写真用語のネガ(陰画)・ポジ(陽画)を考案したのもハーシェルだと言われています。
さて、写真の発明に至る技術的なポイントは、レンズが映し出すイメージ=光が描く絵をいかにして定着・保存するかでした。19世紀から20世紀を通してその主流は「化学的」な手法で、それがいわゆる(デジタルに対して)アナログな写真ということになります。透明で柔らかい素材の「フィルム」が実用化されるのは1880年代ですが、支持体(ベース)がフィルムであれガラスであれ何であれ、光に反応して変化する化学物質(乳剤)を塗布した面にイメージを記録するのがアナログ写真(銀塩写真)であり、20世紀を通して写真といえばフィルムによる銀塩写真でした。
一方、デジタル写真ではフィルムを使いません。デジタル写真の撮影(記録)方法は化学というよりも「電気的」なもので、撮像素子(イメージセンサー)を使うものです。撮像素子はレンズから入ってくる光を電気的信号に変え、それを何らかの記憶媒体に記録することで撮影します。撮像素子を使ったカメラは、日本では1980年代に電子スチルカメラという名称で発売されましたが、その時点では未だ「デジタルカメラ」ではなく、電気信号をアナログ情報で記録するものでした。画質も現在のデジタル画像に比べれば粗く、もちろんフィルム写真の精細さには及ばず、発展途上段階のものだったといえるでしょう。1990年代になると画像をデジタルデータとして記録するデジタルカメラが発売され、急速に発展して現在に至るわけです。
私たちのような美術館では、コレクション(館蔵品)を撮影してその写真を資料として補完・活用することは日常的に行っています。フィルム写真の画質はたいへん優れているので、デジタルカメラが出回り始めても2000年代の初めころまではフィルムを使っていました。さすがに今では新規に撮影する場合はデジタルで撮影するのが普通になっています。
ダゲレオタイプが発表された1839年を写真技術誕生の年とすると、写真の歴史は未だ200年も経っていないことになります。しかし、この200年弱の間に大きく様変わりしたメディアでもあるのです。
安田篤生 (学芸課長)