私が昨年4月に、せんとくんのご縁からか、奈良県立美術館の館長職を拝命してから今年で2年目になります。彫刻家と文化財保護の二足の草鞋を履いてきた私ですが、美術館の運営という三足目の草鞋はなかなか刺激的で、魅力的なしごとだと感じています。奈良県が発行している季刊誌『大宮通りジャーナル』冬号の巻頭特集において、奈良国立博物館館長の井上洋一氏との対談で、「『オール奈良』で目指す文化振興と地域活性化」と題して今年の抱負を語っています。
さて当館は、登大路通に面した奈良県庁の北側に位置する奥まった立地ですので、県外の方の知名度は低くて、奈良国立博物館と混同される向きも多いのが残念です。しかし、1973年に開館し2023年には開館50周年を迎える、全国の公立美術館のなかでは老舗に入ります。しかも敷地からは興福寺の瓦を焼いた竈跡が発掘されて、かつては同寺の寺域だったという由緒ある場所です。奈良県では、この遺跡を美術館に取り込みつつ公開できる建物への大改修計画を進めています。しかし奈良公園周辺は、どこを掘っても必ず遺跡が出てきますから、再開発や大規模な建設工事はとても難しいのはご存じの通りで、県ではどのような活用方法があるか知恵を絞っている最中です。
当館の収蔵品は、風俗史研究家であり日本画家の吉川観方氏(1894−1974)から寄贈された近世日本画や浮世絵、および工芸品を基にしています。その後、美術史家・由良哲次氏(1897−1979)の近世日本絵画や浮世絵などからなる蒐集品や、戦後現代美術のコレクターであった実業家・大橋嘉一氏からの寄贈品を加えて拡充し、所蔵品は約4,100点を超えます。工芸家・富本憲吉(1886−1963)の染織や陶芸作品、不染鉄の日本画や森川杜園の木彫のほか、時代装束や甲冑など、決して派手ではありませんが、奈良にご縁のある重厚な作品群を誇ります。2月5日からそれらの一部がご覧頂ける今年の館蔵名品展「奈良県美から始める展覧会遊覧」が始まりますので、ぜひご来館頂きたいと思います。また収蔵作品については、当館学芸員がホームページなどで随時ご紹介していますから、こちらもどうぞご高覧下さい。
そして少し先走りのお知らせですが、今年の4月23日から6月19日まで「寿ぎのきもの ジャパニーズ・ウェディング─日本の婚礼衣裳─」展を開催する予定です。これは昨年から全国を巡廻している展覧会ですが、当館ならではの工夫を盛り込みたいと思っています。そのひとつが、こども用の花嫁衣裳を用意して、紋付き袴のせんとくんと記念撮影できる「せんとくんとお嫁さんごっこ!」というコーナーです。そのために、親しい和装屋さんに時代物の婚礼衣裳を揃えて頂き、こどもサイズに仕立て直してもらって、先日、せんとくんと並んで、広報用写真の撮影を行いました。この衣裳は、同展に陳列される衣裳にも負けない幕末から大正頃の素晴らしい本物です。現代の絹や化繊では味わえない軽くて柔らかい日本の絹織物のここちよさを子どもたちが体感することで、和装文化への興味を持って親しんでもらえればと願っています。
今年も奈良県立美術館は、お金はなくても、知恵と心意気と汗を出して、ますます元気に頑張ります。
2022年1月19日
奈良県立美術館館長 籔内佐斗司