現在開催中の『奈良県立美術館所蔵名品展 奈良県美から始める展覧会遊覧』展の会期も残り少なくなってきました。前回のコラムでは富本憲吉など奈良にゆかりの工芸について書きましたが、本展では奈良県ゆかりの作家による近代・現代の絵画なども展示していますので、少しだけ紹介してみましょう。
奈良出身の現代画家では、昨年文化勲章を授与された絹谷幸二(1943- )がもっとも著名でしょうか。大阪・梅田にある「絹谷幸二 天空美術館」に行かれた方も多いと思います。当館では10年前に特別展『絹谷幸二~豊穣なるイメージ~』を開催していますが、今回は1980年代の絵画作品を2点展示しています。
絹谷氏は今も現役で活躍されていますが、物故作家の中では、田中一光と田中敦子という二人の田中姓(親族ではありません)のアーティストが特筆すべき存在でしょう。
奈良市出身の田中一光(1930-2002)は画家ではなく、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして活躍し、日本のグラフィックデザイン界をリードした人物として海外でも評価されるとともに、日本国内では急逝する2年前に文化功労者に選ばれました。多岐にわたる業績を残した中で私たちの生活に身近な例を挙げるとすると、「無印良品」のアートディレクターをつとめたことなどがあるでしょう。当館ではポスターや版画作品を大量にご寄贈いただき、ときどき展覧会をしています。最近では2020年に『田中一光 未来を照らすデザイン』を行いましたが、あいにくのコロナ禍のため会期途中で打ち切りとなってしまいましたので、また数年のうちに開催出来ればと思います。少し脱線しますが、ちょうど今(こちらも会期が残りわずかです)東京都千代田区のアートスペース、アーツ千代田 3331で『オルタナティブ! 小池一子展 アートとデザインのやわらかな運動』が開かれています。これはクリエイティブ・ディレクター、コピーライター、エディター、キュレーターとして活躍する小池一子(元・十和田市現代美術館館長)の業績を振り返る展覧会ですが、小池氏は田中一光と一緒に「無印良品」などセゾングループのプロジェクトに関わった人物でもあります。ですので、展示されているものには田中一光のアートディレクションまたはデザインによるものがかなりありますので、田中一光の仕事をたくさん見られる機会として紹介しておきます。
田中敦子(1932-2005)は大阪府出身ですが、奈良県明日香村のアトリエで制作していました。その大胆な実験精神で国際的に高く評価された関西の前衛美術集団「具体美術協会」(1954-72)の主力メンバーの一人であると同時に、草間彌生やオノ・ヨーコ(小野洋子)と並んで海外でも注目された女性の戦後前衛アーティストの先駆でもあります。当館では田中敦子のトレードマークというべき、色彩に富んだ円と曲線がもつれあう抽象絵画を数点所蔵しています。
一方、近代絵画のほうでは、あいにく上記の作家諸氏に比べると知名度では劣るものの、個性的な作品を残した画家が散見されます。特に奈良らしい主題の作品を残した作家としては、二科展などで活躍した浜田葆光(はまだほこう 1886-1947)が挙げられます。1916年から奈良に居を定め(出身は高知県)、画像の《水辺の鹿》(1932)のように奈良の風景や鹿を描いた作品を特徴としています。表現はリアリズムに寄っていますが、西洋近代絵画の手法も参照していることがうかがえます。
西洋の絵画は、20世紀に入るとさまざまな新しい手法やスタイルが生まれ、キュビスム、フォーヴィスム、ドイツ表現主義など、目まぐるしい前衛表現の時代となりました。そういった新しい動向は意外と早く日本にも紹介され、大正から昭和初期にかけて日本の美術界もさまざまな前衛表現の試みが行われました。その中で、奈良市出身の普門暁(ふもんぎょう 1896-1972)は、工業化時代の感性とも言える速度や運動の美的表現を追究したイタリア未来派を参照し、実験的な作品を残したことで注目されます。
『奈良県立美術館所蔵名品展 奈良県美から始める展覧会遊覧』展ではこうした奈良に縁のある作家の作品をいろいろと展示しておりますので、この機会にご覧いただければと思います。
安田篤生 (学芸課長)