第40回 環境問題

 ミケランジェロは、「材料から無駄なところを取り除いていく仕事が彫刻だ。だから、優れた彫刻は無駄がないので美しい」という意味の言葉を残しています。ミケランジェロ先生に比べるべくもありませんが、木彫が本業である私も、仕事の半分以上がゴミを出す作業です。ですから、脱炭素や、脱ゴミ、SDGsが賑やかな最近では、肩身の狭い思いをしていますので、環境問題については以前から大きな関心がありました。
 国連や国際機関が進める地球規模の環境保護運動の背景には、きれいごとだけではなく、巨大企業の思惑がかならず見え隠れします。かつて、国際捕鯨委員会(IWC)を舞台に急激な反捕鯨運動が高まりを見せた頃、その一方で、ベトナム戦争で米軍がベトナムにまき散らした枯れ葉剤による生態系への影響や子どもたちの催奇形性が大きな問題になりました。やがて、米国の枯れ葉剤メーカーが、反捕鯨などの環境保護団体に莫大な資金を提供していた事実は、きれいごとだけではないことの一例です。
 19世紀のイギリスで始まった環境保護活動や自然保護運動ですが、20世紀に最も熱心に取り組んだ国家は、ナチスドイツです。「血と土」というカルト思想のもとに、古代ゲルマンへの回帰を主張しました。ナチスNo.2のヘルマン・ゲーリングは、自ら森林長官も務めて自然保護や動物愛護に熱心に取り組み、先駆的な『帝国自然保護法』(1935)を制定して、原始ゲルマンの森と生態系の復元といういささか荒唐無稽な取り組みに邁進しました。またハインリッヒ・ヒムラーは、ゲルマン民族の優秀性を主張する一方、「ゲルマン社会に相応しくない異分子(ユダヤ人やロマ)」を排除する民族浄化思想へと発展し、ホロコーストを生みました。自然保護だけでなく、ヒトラー自身が実践していた菜食主義、禁煙などの潔癖主義的嗜好が、21世紀に社会運動としてたいへん広く展開されていることはちょっと不気味です。
 正義や善を強く標榜する主張の独善性は、異なる文化や民族を排斥する危険性を孕んできたことを歴史は教えています。一時期、ゴミ焼却場から排出されるダイオキシンが問題になりましたが、その後、日本のゴミ焼却炉の多くは、プラスチックス類を一緒に燃やしても、ダイオキシンなどの有害物質を排出しない世界トップレベルの性能に達しています。しかし、埋め立てが中心の海外のゴミ処理に比べ、国内ゴミの75%を処理している優秀な焼却プラントを海外に輸出しようとしていた矢先に、国連のCO2削減方針の影響で、その計画は停滞しているとか。またレジ袋を食べて死亡するウミガメの扇情的な映像がたびたびテレビなどで放映されましたが、レジ袋が死因の固体の割合はわずかで、しかもその多くは海外のゴミを受け容れている国々から海に流れ出たものです。レジ袋有料化政策以降、大量のショッピングバッグが商品化されて普及しましたが、これもいつかは廃棄されてマイクロプラスチックスやゴミの原因になります。動物愛護と権利保護の名の下に毛皮への反対運動が盛んになり、フェイクファーがブームになりました。しかし、フェイクファーもいつかはマイクロプラスチックスになります。最近、東京都が新築住宅に太陽光発電パネル設置の義務化を打ち出しましたが、太陽光パネル生産に伴う中国の少数民族への収奪や抑圧や、10年後にはかならず起こるパネルの大量廃棄へ対処方法を都知事は明確にすべきです。
 近年盛り上がっている、欧米発信のSGDsやLGBTQ、diversityなどの正義のもとに、自分達とちがう意見や世界観を封殺しようという手法には、一神教的傲慢さや「他の価値観を認めないdiversity(多様性)」という大きな矛盾に満ちています。マスコミが声高に叫ぶ環境問題のすべての原因は、増えすぎた人類とその欲望の負荷に、地球環境が耐えられなくなってしまったことであって、もはや近代西欧が築き上げた人道主義や平等主義では解決しません。このテーマについては、また稿を改めて。
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左から:反捕鯨団体との攻防/インドのゴミの川/狩猟を楽しむヘルマン・ゲーリング


2022年6月25日
奈良県立美術館館長 籔内佐斗司


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