奈良県美と1970年代初頭の美術館建築(2022年7月28日)

 このコラムの第29回(2021年11月25日)で日本の「美術館史」を少しだけ紹介し、1980~90年代の「美術館建設ラッシュ」にも言及しました。言い換えると1960~70年代において我が国では美術館がそれほど新設されなかったということになります。そんな時代の1973年にオープンした奈良県立美術館なのですが、増築や補修をしながら設立当初の建物を大事に使い続け、来年50周年を迎えます。さすがに現在の眼で見ると、美術館建築としては(経年の老朽化だけではなく)いろいろ物足りない部分もある点は否めません。それはさておき、当館の建物を日本の建築史的に見るとどんなことが言えるのでしょうか。
 まずは「(官公庁などの)公共建築」として見てみましょう。当館を設計した片山光生(かたやま てるお、1918~85)は、隣の奈良県庁舎(1965竣工)も手掛けています。また、これまた隣にある奈良県文化会館(1968竣工)の基本設計も片山光生だそうです(実施設計は日建設計)。奈良県庁舎のデザインは、国の重要文化財にも指定されている丹下健三の香川県庁舎東館(1958竣工)にかなり影響されています。それは日本伝統の社寺建築に見られる、軸組(柱や梁)を顕わしにした意匠や構造を現代的な鉄筋コンクリートで解釈し直したものと言えます。同時に奈良県庁舎のプランニングは伽藍配置を意識したものになっています。当館の建物も、打ち放しコンクリートの柱と梁を露出させると同時に、軒を深く取り、ベランダ状のキャンティレバー(片持ち梁)を回廊のように外壁に一周させるなど、寺院をイメージさせる設計です。興福寺のすぐ近くという立地も念頭にあったのではないかと思いますが、その一方で、当館設立のきっかけが日本美術の吉川観方コレクション受贈だったことも関連しているでしょう。
 続いて「美術館建築」として見た場合、1970年代初頭は最新技術の見本市とも言えた大阪万博(EXPO’70)があった時代なわけなのですが、当時作られた美術館にはどんなものがあるでしょうか。増築や改修をしながら今も使われているものとしては、高崎市の群馬県立近代美術館(1974開館)や宇都宮市の栃木県立美術館(1972開館)が挙げられます。
 前者は、世界的な建築家として活躍して後にプリツカー賞も受賞する磯崎新が設計しました。後者は、京大や阪大で教鞭も取った川崎清が設計し、翌年芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。いずれも当時としては先駆的な「近現代美術のための美術館」として作られたこともあって、今見ても古びてはいない現代的な空間を作り上げており、後年の「美術館建設ラッシュ」の先導役を果たしたのではないでしょうか。特に1990年代~2000年代になると、谷口吉生の豊田市美術館、SANAA(妹島和世・西沢立衛)の金沢21世紀美術館、青木淳の青森県立美術館など、建築それ自体が高い表現性を持った公立美術館も増えてきました。そのような建築そのものの魅力も美術館へ行く楽しみの一つになっているようにも思えますね。
 今しがた70年代初頭の美術館建築として北関東の2館を例に出しましたが、実は関西にも貴重な例が(いくらか姿を変えながらも)現存しています。それは神戸市の王子動物園のすぐ近く、現在は「原田の森ギャラリー(兵庫県立美術館王子分館)」と「横尾忠則現代美術館」になっている「旧・兵庫県立近代美術館」です。これは文化勲章受章者の村野藤吾 (1891-1984)が設計して1970年に開館したのが始まりです。安藤忠雄設計の兵庫県立美術館(2002開館)が継承施設として作られたことで、現在の姿に変わりました。現・原田の森ギャラリーの1階はピロティ構造で、近代美術館時代にはガラス張りの彫刻コレクション展示室で、その上に巨大な箱型の展示室が載せられた形になっています。一方、現・横尾忠則現代美術館は後から増築された常設展示棟(1F:現代美術室、2F:絵画室、3F:版画室)でカフェは昔からあったと記憶しています。
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原田の森ギャラリー(旧・兵庫県立近代美術館)筆者撮影

 1995年の阪神淡路大震災では大きな被害を受けたものの、無事に修復も済んで再開にこぎつけましたが、震災復興のシンボルとして新美術館が作られたため、残念ながら近代美術館としての役目を終えました。かつて近代美術館では、関西の若手現代美術家を紹介する『アート・ナウ』というシリーズ企画展を長期にわたって行っていて、とても活気が感じられました。ちょうど今、兵庫県立美術館で開催中の『関西の80年代』展は、その『アート・ナウ』の回顧を中心にした内容ですので、ぜひご覧になってみてください。
 原田の森ギャラリーと横尾忠則現代美術館の建物は、あちこち手はくわえられていますが、村野藤吾の設計はかなり残っています。展示を見に行く機会があれば、建築のディテールにも注目してみてはいかがでしょうか。村野藤吾の建築というと広島の世界平和記念聖堂(重要文化財)やウェスティン都ホテル京都などがありますが(奈良では近鉄橿原神宮前の駅舎がそうですね)、晩年に手掛けた小規模美術館には年齢を感じさせない相当大胆なデザインのものがあります(新潟の谷村美術館など)。
 さて一方、50周年を控えた当館の建築は、補修しながら使っているとはいえ、老朽化、狭隘化は否定しようもありません。また、西洋美術や現代美術・デザインの展示には不向きな空間です。建て替えるのか、大規模改修なのか…

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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