当館では11月26日から(1か月の短い会期ではありますが)企画展『絵画のたのしみ 奈良県立美術館所蔵名品展《冬》』が始まりました。これは1978年に当館が受贈した「大橋コレクション」を中心に、主に1950~70年代の日本の前衛絵画を紹介するものです。展示室ごとに緩やかなテーマを設けて展示しており、第1展示室は「画家とコレクター:白髪一雄と大橋嘉一」と題して、ユニークなコレクター大橋嘉一(1896-1978)を紹介すると同時に、当館が所蔵する白髪一雄(1924-2008)の作品から30点を特集展示しています。大橋嘉一というコレクターは白髪一雄の作品にかなり惚れ込んでおり、当館の大橋コレクション500余点のうち、白髪一雄は小品を中心に120点にものぼるのが特徴です。
白髪一雄といえば大阪を拠点にした前衛集団「具体」もしくは「GUTAI」こと具体美術協会(1954-72)の主力メンバーとして知られています。具体美術協会については、このコラムの第50回(2022年9月30日)『関西が世界に発信した前衛美術』でも触れました。そこで言及したように、大阪の国立国際美術館と大阪中之島美術館では現在共同企画展『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』を開催中です(2023年1月9日まで)。
国立国際美術館入口の展覧会サイン 筆者撮影
吉原治良(1905-72)というカリスマ的リーダーに率いられた具体美術協会は、当時から関西や日本という枠にとどまらず、国際的に注目を集めたグループでしたので(余談ですが1970年の大阪万博でも「具体美術まつり」を行ったりなど派手に参加していたのをご存じでしょうか)、GUTAIの活動をテーマにした企画展は国内外の美術館で何度も開催されてきました。とはいえ今回の『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』は二つの点で注目されます。
一つはコラムの第50回でも触れたように、中之島は具体の活動拠点だったことです。具体の展示・発表の場であった「グタイピナコテカ」(1964-70)は両美術館(中之島4丁目)のすぐ近く中之島3丁目にあって、現在は三井ガーデンホテルが建っているあたりです。具体解散50年の節目に中之島の地で開催されるのは意義深いことでしょう。
もう一つは隣接する二つの美術館が共同企画で行う点です。国立国際美術館と大阪中之島美術館は諸般の事情で隣同士になったわけですが(もともと吹田の万博記念公園にあった国立国際美術館の中之島移転は後から“割り込んで”きた面もあります)、同館のコレクションや企画内容には少なからず共通点があり、共存か競争か、横から見ていても気になるところです。そんなわけですので、『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』は、そうした両館の立地事情に対する一つのプレゼンテーションとして興味深いものが感じられました。
この展覧会は前半・後半といった具合に単純な二会場分散にしていないところが面白く、タイトルの『分化と統合』がそのキーワードとなっています。具体美術協会は一つの「集団」ではありますがメンバーの作家一人ひとりは「個」の表現者です。そこで中之島美術館は「分化」、国立国際美術館は「統合」という二つの視点から具体とそのメンバーの活動を「立体視」的に再検証する構成になっています(それゆえに同じ作家が両方の会場に出品しています)。この構成が功を奏しているかどうかは、ご覧になって感じていただきたいと思います。
具体を語る特にほぼ必ず引用されるのがリーダー吉原治良の「人のまねをするな、今までにないものをつくれ」という言葉で、具体の活動はその先駆性、独創性あるいは破天荒さで注目を集めました。もともとは画家の集まりだったという側面が強いものの、今でいうパフォーマンス、環境芸術、インスタレーション、キネティックアートといった要素も混ぜ合わされ、表現の実験場的なところがあったといえるでしょう。中之島美術館では、すでに終わってしまいましたが、“伝説”の空中美術展「インターナショナル スカイ フェスティバル」の再現展示も屋上で行われました。また、解散後50年ということで健在のメンバーも少なくなった中、向井修二による新作もいくつか展示されていますが、館内とはいいながら展示室を飛び出したところにあるのがもう一つの面白さです。下の画像の通り、館内のトイレが《記号化されたトイレ》と題された作品(!)に会期中限定で変貌しているのです(トイレとして使用可能だそうです)。
向井修二《記号化されたトイレ》2022 筆者撮影
実のところ、美術館のトイレが作品になったり、トイレに作品が設置された例そのものは初めてではありません。古いところでは牛波(板橋区立美術館、1993)がありますし、私の前職である原美術館(2021閉館)ではどういうわけか(!)一度ならず三度くらい行っていました。常設展示は森村泰昌(1994)だけですが、企画展の会期中限定ではピピロッティ・リスト(2007)や泉太郎(2009)の作品例がありました。
ともあれ、『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』には奈良県立美術館のコレクションも3点出品協力していますので(結局は宣伝…なのか?)ぜひご覧になっていただきたいところです。
安田篤生 (副館長・学芸課長)