現代美術風に「無題」(Untitled) としましょう [5](2021年5月21日)

 昨年来コロナ禍の拡大で、国内旅行はもとより海外旅行もしづらい状況になりました。美術館の学芸員にとって、調査研究や展覧会出品交渉のための出張ができないというのは、かなり難題です。電子メールやオンライン会議があるとはいっても、作品実物をこの目で見て調査する機会を制限されるのはとてもつらい。出品交渉なども電話やメールより対面でやったほうがスムーズに進むことがあります。
 最近の報道によると、フランスではコロナ対策の規制がゆるみ、制限付きながらルーブル美術館がひさびさに開館したとのこと。日本から再び気軽に海外へ出られるようになるのはいつのことやら予測もつきませんが、今回は、そんな日が来たらぜひ訪れてみていただきたい、お薦めの美術館を一つだけ紹介しましょう。

 前々回のコラムで、ドイツで5年に一度開かれる大規模な国際現代美術展「ドクメンタ(documenta)」に触れました。数えてみたら私は、ヨーロッパに限ると12か国を訪れています。かなりいろんな美術館に行きましたが、もう一度行きたい美術館を一つだけ選べと言われたら、迷わずデンマークの ルイジアナ近代美術館外部サイトへのリンク (Louisiana Museum of Modern Art)を挙げます。
 北欧の美術館は、ルネサンスやゴシックといった古い西洋美術を鑑賞するには正直物足らない部分があります。しかし、近現代美術に関しては見どころのある美術館がいくつもあります。中でも、ルイジアナ近代美術館はコレクション・展示内容・空間・環境のバランスが素晴らしく、ランチタイムをはさんで一日過ごしたくなる魅力的なところです。
 ここは首都コペンハーゲンの北郊フムレベック(Humlebæk)という小さな町の、海を見下ろす傾斜地にあります。1958年の設立時には小さな私邸から始まったそうですが、年月とともにどんどん拡張して巨大な美術館になりました。巨大と言っても、増築部分は周囲の静かで美しい環境と調和するように平屋か地下フロアにまとめられ(おかげでちょっとした迷路です)、建築自体が強い自己主張をするのではなく、自然とアートを同時に味わえる場を作り上げています。彫刻が点在する庭園に出ると眼下に海峡が広がり、対岸にはかすかにスウェーデンが見えます。併設されたミュージアムカフェからも彫刻庭園と海を眺めながらくつろぐことができます(下の写真は私が2010年頃に撮ったものです)。

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 もちろん環境だけでなく、第二次世界大戦後の美術に特化したコレクションも素晴らしく、ヘンリー・ムーア、アルベルト・ジャコメッティ、イヴ・クライン、サム・フランシス、モーリス・ルイス、アンディ・ウォーホル、アンゼルム・キーファー、草間彌生など錚々たる作家の作品がそろっているほか、アスガー・ヨルンやペール・キルケビーといったデンマーク作家の力作も見られます。一方、さまざまな企画展や教育プログラムにも力を入れています。
 日本との直行便があるコペンハーゲン国際空港からコペンハーゲン中央駅まで鉄道で約15分、そこから北へ行く路線に乗り換えてフムレベックまで40分弱だったと記憶しています。駅から静かな郊外の住宅街を10分ほど歩くと美術館に到着です。私はルイジアナ近代美術館へ3回行きましたが、いつも各国からの来館者で賑わい、カフェにはさまざまな言語が飛び交っていました。ミュージアムショップには日本語の公式ガイドブックも売っていたくらいですから、行かれたことのある方もかなりいらっしゃると思います。コロナ禍が収まって海外旅行の制限がなくなったら、私はぜひ再訪したいと思っていますが…いつになるでしょうね、はたして。

 海外の美術館と言えば、このコラムの第1回で「私は大阪府を3年半ほどで辞めてアメリカへ逃げ出し(?)ました」と書きました。私は平成の初めの頃、ニューヨークの小さな美術館で期限付きフェロー(Fellow / 客員)という待遇で居候させてもらったことがあります。わずか半年間の滞在ですが、今思うと貴重な経験となりました。それについてはまた別の機会に書かせていただこうと思います。

 

安田篤生 (学芸課長)