前回、19世紀イギリス・ヴィクトリア朝における重要な美術運動としてラファエル前派に言及しました。続いては、19世紀イギリスを代表する美術評論家であり、ラファエル前派にもウィリアム・モリスにも関連があったジョン・ラスキン(John Ruskin 1819-1900)の名を挙げないわけにはいきません。
ラスキンは、19世紀前半に活躍してある意味ではフランス印象派の先駆者とも言えるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner 1775-1851)とも交友がありましたが、ラファエル前派の擁護者でもありました。また美術評論にとどまらず、自ら水彩画も描き、政治や社会についても積極的に発言をした多才な人物で、オックスフォードでは教壇にも立ちました。
ラスキンの主著には『近代画家論』や『ヴェネツィアの石』などがありますが、その考え方の根底にあったのは、ひとつには自然を尊び、自然と敬虔に向かい合うことであり、もうひとつには中世への回帰と言える姿勢でした。中世では芸術家的なものと職人的なものがはっきりと分かれておらず、「モノを作る」という面で芸術的創造と職人的労働が同じ地平にあり、そこにラスキンは理想を見出したのでした。芸術的行為に社会的な役割を見出すと同時に、産業革命によってもたらされた機械化や安易な大量生産に対する批判もあったと言えるでしょう。こうしたラスキンの思想は、ラファエル前派はもちろん、ウィリアム・モリス、さらにはモリスの影響を受けたアーツ・アンド・クラフツ運動にも受け継がれました。デザイナー・装飾美術家としてのモリスの原動力は「モノ作り」のよろこびであり、質が高く美しいモノによって生活環境を変えようという理想だったのでしょう。
モリスはデザインに植物や動物などの自然からモチーフを選んでいますが、自然主義的再現描写に拘泥することなく、熱心に取り組んだ壁紙デザインに見られるように、洗練されたパターン化へと進んでいきます。1861年にモリスが興したモリス・マーシャル・フォークナー商会では、壁紙だけではなくステンドグラスや家具など複数のジャンルを扱いました。そこには「生活そのものをデザインする」という、現代に通ずるデザインの基本的姿勢がうかがえると思います。一方で中世(の職人的手仕事)を理想としながら、一方でモダンデザインの開拓者であるというモリスの両面性が興味深いところです。
なお、本展ではステンドグラスは展示していませんが、現存しているものをひとつだけ紹介しておきます。アメリカ・マサチューセッツ州ボストンにトリニティ教会という荘厳な教会があります。ここには、モリスと盟友のエドワード・バーン=ジョーンズが制作した4つのステンドグラス窓があります。英文ですが 公式ウェブサイトのリンク を張っておきますので、そのステンドグラスの画像をご覧になることができます。
画像:「柘榴あるいは果実」 1866頃 Photo(c)Brain Trust Inc.
安田篤生 (学芸課長)