作られなかった美術館、作らない美術館(2021年12月14日)
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作られなかった美術館、作らない美術館(2021年12月14日)
前回、美術館のコレクションに触れた流れで、現代美術の個人コレクションの紹介に特化したコレクターズミュージアム「WHAT(ワット)」に言及しました。前回もそこで開催中(2月13日まで)の大林コレクション展を紹介しましたが、その展覧会構成の1セクション
「都市と私のあいだ」
にちょっとした「関西ネタ」があったので、少し書いてみたいと思います。
このセクションでは「都市」に関連して9作家の写真作品が展示されており、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフ、野口里佳、宮本隆司などの興味深い作品が並んでいますが、その中に畠山直哉の「untitled / Osaka」シリーズがあります。畠山直哉は1980年代から活躍しており、主に都市の表と裏を観察した作品で知られ、木村伊兵衛賞や芸術選奨文部科学大臣賞も受賞しています。また、東日本大震災の津波で陸前高田の生家を失ってからは、たびたび故郷での撮影も行っています。ここに出品された「untitled / Osaka」は1998-99年に撮影したもので、大判の精緻なカラープリントに俯瞰で捉えられているのは、今はない大阪球場(大阪スタヂアム)の姿なのです。
ところで、私はこのコラムの第5回(2021年5月4日)で、こんなことを書きました。
「奈良県にお住まいの方は近鉄電車で大阪難波駅まで行かれる方も多いと思いますが、南海難波駅周辺はいかがでしょう。かつて南海難波駅の目の前に、プロ野球・南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の本拠地、大阪球場(大阪スタヂアム)があったことをご存じの方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。ホークスが九州へ去った後、今は、なんばパークスという複合商業施設になっています。ところが、もともと大阪球場跡地利用の最初の案は、大阪府が設置する現代美術館を中核とした複合文化施設「現代芸術文化センター(仮称)」を含む大規模再開発だったのです。私はその構想の初期段階に従事していたわけですが、大阪府の財政悪化とともに夢と消え去りました。もし美術館が実現していたら難波駅前はどんな風景になっていただろう…と、今でも時々思います。」(『現代美術風に「無題」(Untitled) としましょう [2]』より)
畠山直哉が撮影した大阪球場(おそらく南海サウスタワーから撮影したものと推測します)の1枚目は、すでにホークスが去った後、もはや「野球場」としての生命を終えた姿です。どうなっているかというと(ご記憶の方もいらっしゃるでしょう)、なんと、デザインも様々な住宅のモデルハウスがグラウンドを埋め尽くすように建てられ、住宅展示場になっているのです。そして、2枚目の写真ではそのモデルハウスも撤去され、粛々と解体工事が進む様子が捉えられています。2021年の現在、この場所には「なんばパークス」(2003年開業)があるわけです。ですので、この2枚の写真作品には、プロ野球に一時代を築いた南海ホークスの終焉という「見える」要素と、実現せずに夢と消えた大阪府立現代美術館(!)という「見えない」要素が重なっており、それらをあわせて都市の変遷、人の営みの推移が映し出されていると言えるでしょう。
1点しかない絵画と違って写真作品はプリントが複数存在するのも一つの特徴です。畠山直哉の「untitled / Osaka」シリーズは、来年オープンする
大阪中之島美術館
もプリントを所蔵しているようですので、いずれ大阪でも見るチャンスがありそうですね。大阪市は準備に30年以上を費やしたとはいえようやく中之島美術館のオープンにこぎつけましたが、大阪府のほうは結局美術館を作れないまま現在に至っており、なんとも残念な話です。
さて、「作られなかった美術館」の話になったところで再び前回も書いたことになりますが、個人コレクションが私立美術館の形になって公開されることはよくあります。その一方で大林コレクションのように美術館になっていない例ももちろんあります。「WHAT(ワット)」ミュージアムはそのような未公開の個人コレクションを鑑賞する機会を提供する趣旨でスタートしたものですが、一般的には知られていなくとも、個性的な美術のプライベートコレクションはいくつもあります。その中で比較的知名度があり、日本の現代美術を支援しつつ現在進行形で成長しているものとしては、精神科医高橋龍太郎氏のコレクションがあります。
高橋コレクション
は各地の美術館・アートスペースで随時企画展として公開され、本も出されたり、ホームページも立ち上げたりするなど、コレクションの情報発信にも積極的です。今も昔も洋の東西を問わず多くの個性的なプライベートコレクションが築かれてきましたが、こうしたコレクターの存在は美術のサポーターとしてとても重要なのです。こうしたコレクター自らが積極的に発信するようになったのもインターネット時代の一つの特徴かもしれません。美術館というものは作ること自体も大変ですが(ですから公共事業でも大阪府のように失敗することもある)、作った以上は運営・維持していくこともとても大変です。自ら美術館を作らないまでも、コレクターが違うやり方でコレクションの公開や情報発信を実践するのは、一つの見識と言えるでしょう。
安田篤生 (学芸課長)
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