北の国から/北の国へ(2022年4月15日)

 北欧のデザインプロダクツは日本でも人気があり、その中でフィンランドのデザインというとイッタラやマリメッコなどのブランドが知られています。建築のほうに目を転じてみると、20世紀を代表する世界的建築家として知られるアルヴァ・アールト(日本語ではアアルトとも表記、1898-1976)もフィンランド人です。昨年、神戸の兵庫県立美術館で『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド-建築・デザインの神話』展がありましたので、ご覧になった方も多いでしょう。首都ヘルシンキの中心部にある芸術施設フィンランディア・ホールはアールトの代表作ですが、今回は北極圏の入口にあたる都市ロヴァニエミとアールトの仕事について書いてみましょう(なぜか私はフィンランドを4~5回訪れているものですから)。
 などと言いつついきなり脱線しますが、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、北欧のスウェーデンとフィンランドがNATO加盟を検討しているという報道は目にされたと思います。両国は第二次世界大戦後の冷戦期間を通して非同盟・武装中立を長く維持してきたので、これは実に大きな転換なのですが、独立国家としてのフィンランドの歴史が100年余りと意外に若いのはご存じでしょうか。フィンランドは長くスウェーデンそして帝政ロシアの統治下にあり、ロシア革命(ソヴィエト連邦成立)の混乱に乗じる形で独立を成し遂げたという経緯があります。
 ところが第二次世界大戦期、ソ連は再びフィンランドを併合しようと侵攻を仕掛けます(ここでも!)。冬戦争(1939-40)、継続戦争(1941-44)と二度にわたる戦いで、多大な犠牲を払いながらもフィンランドは結果的に独立を死守したわけですが、大国ソ連を相手にして背に腹は代えられないと、継続戦争ではナチスドイツと同盟を結んで戦いました。結局、数年にわたる戦いに疲弊したソ連とフィンランドは講和して休戦を選ぶのですが、その条件としてドイツ軍をフィンランドから追い出さなければならなくなります。そのため今度は、すんなりとは引き下がらないドイツとフィンランドの間で(さっきまで友好国だったのに)戦闘が始まり、それはラップランド戦争(1944-45)と呼ばれています。
 南北に長いフィンランドの面積は日本より少し狭いくらいで、ラップランドは北部の三分の一くらい(かな?)を占め、その大半は北極圏に入る極北の地です。このラップランド(ラッピ県)の県都がロヴァニエミで、人口6万人ほどの小都市ですが、アルクティクム(Arktikum)というなかなか立派な博物館・科学センターがあります。ここは北極圏の自然や生態を大きなテーマにしており、オーロラの疑似体験や北極圏に生きる動物たちの剥製(クマもトナカイもほんとうに体格が大きいですね)などが楽しめます。同時に、アルクティクムの展示ではラップランドの歴史や文化にも触れることができ、その中で上記の戦争にまつわる苦難の歴史も紹介されていました。
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画像:アルクティクム(Arktikum)内観 2015年筆者撮影

 継続戦争でラップランドに駐留したドイツ軍は当初友好的で、ドイツ兵とフィンランド女性のカップルもかなり誕生したようです。しかし、休戦条件で退却(または武装解除して抑留)を突き付けられたドイツ軍は、街を破壊しながら撤退するという焦土作戦を取りました。その結果ロヴァニエミの市街地の9割が灰燼に帰したということで、アルクティクムには焼け野原になった街のジオラマ展示がありました。
 現在のロヴァニエミは、北国の大自然に囲まれた穏やかで落ち着いた小都市という雰囲気ですが、その姿の大部分は第二次世界大戦後の復興事業によるものなのです。その復興に都市計画段階から関わっていくつもの建築物を手掛けたのがアルヴァ・アールトでした。ロヴァニエミの中心部にはアールトが設計した市庁舎・図書館そしてラッピア・ホールという劇場兼ホールがゆったりとした配置で並んでおり、極北の地でアールトの建築デザインを堪能することができます。
 また、ロヴァニエミには現代美術館もあります。コルンディ(Korundi)という複合文化施設の中にロヴァニエミ美術館があり、ラップランドを中心としたフィンランドの現代美術を収蔵・展示しており、それほど大きくはないものの楽しめる美術館です。確かめたわけではありませんが、現代美術館としては世界最北に位置すると言ってもいいのではないでしょうか(探せば他にあるかも)。建物は奇跡的に戦火を免れたらしい古い車庫を再生利用したもので、小規模な新築(アールトではありません)のコンサートホールが隣接しています(エントランスは共通)。
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画像:ロヴァニエミ美術館外観 2015年筆者撮影

 北欧はヨーロッパの中でも政治経済が安定した平和で豊かな地域というイメージがありますが、過去にはこのように戦禍も経験しています(ノルウェーとデンマークはナチスドイツに侵略されました)。ウクライナ戦争をきっかけにスウェーデンとフィンランドがNATO加盟へ前向きになり、フィンランドとロシアとの国境に緊張が高まる状況になってきています。過去の惨禍の再現はなんとしても避けていただきたいものです。

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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