日本にミュージアムができて今年で150年(2022年5月18日)

 昨年のコラムの第28~29回あたりで少し触れましたが、日本における博物館=ミュージアムの第一号である東京国立博物館は今年が創立150周年ということで(現在の上野の本館は1938年開館)さまざまな記念事業を行っていることはご存じかと思います。大英博物館(1753年)やルーヴル美術館(1793年)に比べると短いとはいえ、日本の博物館・美術館もなかなかの歴史を刻んできたと思います。博物館=ミュージアムの使命のひとつが「有形、無形の人類の遺産とその環境」を収集・保存して次の世代へ伝えていくことであるならば(カギカッコ内はICOM=国際博物館会議による現行の「博物館定義」から引用)、博物館=ミュージアムは半ば永続的・恒久的な機関であることが理想です。したがって150年といわず200年、300年と活動を続けていくことが極めて望ましいということになりますが、ミュージアムの運営あるいは経営の観点からすると道のりは険しいのが現実です。
 わが国の公立美術館としては二番目に古い京都市美術館(1933年)は、大幅なリニューアル工事を経て一昨年、通称・京都市京セラ美術館として生まれ変わりました。そのリニューアル費用を確保するために京都市が命名権(ネーミングライツ)を売ったことについて、激しい議論が巻き起こったのは記憶に新しいところです。その京都市京セラ美術館で今度は、日本の公立美術館としては珍しいチャリティオークションが実施されたことはご存じでしょうか。詳しくは参考記事のリンクを貼っておきますが、主として同館が行っている新進現代美術作家の支援・育成事業「ザ・トライアングル」の財源に寄与するためのものだそうです。作家やギャラリーの賛同を得て現代美術の錚々たる作家の作品がロットに並び、そのすべてが落札されたのは良い結果でした。やはり、古都というだけでなく現代芸術活動も盛んな京都という場所柄ゆえでしょうか。あるいは、90年近い歴史を持つ京都市美術館への各位の想いが結実したのでしょうか。
 今しがた「日本の公立美術館としては珍しい」と書きましたが、美術館が活動資金確保の一手段としてオークションをすること自体は真新しいことではありません。アメリカなどの美術館では昔からある手法だと聞きますし、日本でも私立の美術館では事例があります。特殊な例としては、全国美術館会議(われわれ美術館のいわば同業者団体です)が東日本大震災で被災した博物館・美術館の救援・支援活動のためのチャリティオークションを実施したこともあります。ただ、行政的な規則や規制の多い公立美術館が珍しい手法を敢えて実行するのは(注記しますが今回のオークションの主催者は美術館ではなく実行委員会方式だそうです)、それだけ美術館の運営・経営が楽観視できないことの裏返しでもあるでしょう。京都市美術館の場合は、報道されているように京都市自体の財政が危機的という個別の事情もあるでしょうが、国公私立を問わず総じて美術館の運営・経営状況には厳しいものがあります。
 一方インターネット時代の資金調達方法として、近年クラウドファンディングが普及してきました。コラムの第29回でも書いたように、私立美術館の中でも指折りの大原美術館(倉敷、1930年)や徳川美術館(名古屋、1935年)が、コロナ禍の影響による財政難からクラウドファンディングを募ったのは大変重いニュースだったといえます。それでも両館は現在も美術館活動を維持しているのは素晴らしいことで、私立美術館の場合「続ける」ことは国公立館以上に難しいという側面があり、ひっそりと消えて(閉館して)いく事例はいくつもあります。関西でもサントリーミュージアム[天保山](大阪)や頴川美術館(西宮)がその活動を終えました。ただ、前者の建物は大阪市が引き受けて別施設となり、質量ともに充実したポスターコレクションは大阪中之島美術館へ寄託という形で引き継がれました。後者は施設もコレクションも兵庫県が引き受け、兵庫県立美術館西宮頴川分館となりました。このように自治体が継承するのは極めて幸運な例であり、そうでなければオークションなどで売却、散逸してしまう運命が待っています。私立美術館の場合、自助努力だけで生き延びるのはなかなか大変なことと言わざるをえません。
 ところで、一年前のコラム第5回(2021年5月4日)で書いたように、私は私立の原美術館(東京、1979年)に長く勤務していましたが、同館は施設老朽化等の諸般の事情により40年余りでその歴史を閉じました(それで私は奈良へ転職した次第)。もともと二つの美術館を運営していたので、コレクションは別館だった群馬県渋川市の原美術館ARC(旧ハラ ミュージアム アーク)に継承されています。しかし、原美術館の使用していた建物は、渡辺仁(前述の東京国立博物館の現・本館も設計した)によるとても素敵なモダンで瀟洒な洋風邸宅(東博本館と同じ1938年完成)だったのですが、取り壊されてしまいました。
 そんな消えてしまった原美術館について、実は今月、京都でドキュメンタリー映画の期間限定公開が行われることになりました。京都を拠点にする岸本康氏が監督した『OUR ART MUSEUM』という映画で、原美術館の後半期の活動(2001~21年)を記録したものです。森村泰昌、束芋、ピピロッティ・リストなど、同館で展覧会を開催した作家も続々登場します。作家にフォーカスしたアート系ドキュメンタリー映画はいくつもありますが、日本の美術館をテーマにしたものは(プロモーション系を除くと)そんなに例がないのではないでしょうか。岸本氏も撮り始めたときはこんなエンディング(閉鎖)になるとは思っていなかったものの、結果的にはとても貴重な記録になりました。たまたま関西圏で公開されることになりましたので紹介しておきます(自分も出演しているので宣伝みたいですが!)。なんだか今回のコラムはこれを書きたかったがための…?

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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