美術館の建築─近代遺産としての(2022年7月12日)

 当館では間もなく企画展『美術・解体新書 奈良県立美術館所蔵名品展《夏》』(7月16日~8月28日)が始まりますが、そのあとには『野田弘志 真理のリアリズム』(9月17日~11月6日)を予定しています。現代において精緻な写実表現を追求する画家・野田弘志のこの個展は全国4会場を巡回するもので、現在は第2会場の姫路市立美術館で開催中です(9月4日まで)。
 姫路城のすぐ東隣に位置する姫路市立美術館は1983年の開館ですが、建物自体は明治後期に造られた歴史あるものです。重厚な赤レンガの壁が美しいL字に伸びる細長い建物は、もともと旧陸軍の倉庫として建てられ、今では国の登録有形文化財にもなっています。そんな歴史と風格のある建物ではあるものの、「ウナギの寝床」と言いたくなるような細長いプロポーションの空間であるため、展示計画にはかなり苦心しているように見受けられます。
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姫路市立美術館 筆者撮影

 5月のコラム(第45回/5月18日)でも触れたように《ミュージアム》が日本に誕生して今年で150年になります。博物館・美術館の建物も古いものは改修しながら使い続けたり、建て替えしたり、様々な事例があります。ジョサイア・コンドルの弟子で明治期に活躍した建築家・片山東熊が設計した奈良国立博物館・京都国立博物館そして東京国立博物館表慶館は、いずれも重要文化財に指定され、明治から令和の今日まで改修を経ながら大事に使われてきています。ちなみに東京国立博物館の現・本館は、関東大震災後に造られた《二代目》で昭和初期の完成です(基本設計は渡辺仁)。公立美術館では、昭和初期に竣工した京都市美術館(京都市京セラ美術館)の改修・増築による大規模なリノベーション(2020年)が記憶に新しいところです。一方、同じく昭和初期竣工の大阪市立美術館は、これから長期休館しての大規模改修が予定されています。
 このように博物館・美術館として造られた建物自体が、近代遺産としての歴史的・文化財的価値を有している事例はいくつもあります。かたや、当初は別の用途として造られた建物を美術館に転用してリノベーション、再生利用しながら保存する事例も、上記の姫路市立美術館だけではありません。野田弘志展がらみで姫路市立美術館に言及したので、同様に歴史的な赤レンガ建造物で美術館に生まれ変わった例を紹介してみましょう。
 まず、ある意味行こうと思えば一番行きやすい(?)場所としては、東京ステーションギャラリーが挙げられます。なにしろ東京駅の中(正確には改札の外ですが)にありますから、新幹線や高速バスまで含めるとアクセスの手段はよりどりみどりと言えば言えるでしょう。赤レンガの丸の内駅舎は明治に着手されて竣工したのは大正になってからでした。第二次世界大戦後は何度も建て替える話が出たようですが、最終的には赤レンガ駅舎の《復原》に落ち着き、2012年に復原工事は完成しました。現在、丸の内北口ドームにある東京ステーションギャラリーは同時に開館しています。とはいうものの、東京ステーションギャラリーの活動自体は1988年までさかのぼります。もともと丸の内中央口付近の2階の一部に設置されたもので、展示室の一部に赤レンガの壁をあえて露出させていたのも現在と同様です(当時は小さいながらもカフェも併設されていたのですが)。
 もう一つ、近年オープンした興味深い事例としては青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館が挙げられます。明治・大正期に酒造工場(シードル工場)として造られた赤レンガの建物を現代美術のための空間へリニューアルして保存・再生利用するものです。改修設計は、エストニア国立博物館の国際設計コンペ(2006)で優勝して俄然脚光を浴びた田根剛が手掛けました。《記憶の継承》をコンセプトに、赤レンガの壁面はそのまま残しながら、シンプルな中に現代美術館としての機能を満たすように配慮されています。
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弘前れんが倉庫美術館 筆者撮影

 このように、当初から美術館として造られたものであれ、別用途の建物の保存・再生であれ、《ミュージアム》はその建物・空間自体も歴史を刻み、次世代へ伝えていくものでもあります。さてそれでは、来年開館50周年を迎える奈良県立美術館の建物・空間はどうなのかと言いますと…それについては次回のお楽しみ、ということにしておきましょう。

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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