関西が世界に発信した前衛美術(2022年9月30日)

 開設準備に40年近くも費やした大阪中之島美術館が、ついに、ようやくオープンして半年余りになります。モディリアーニ展や岡本太郎展が話題になりましたので行かれた方も多いかと思います。ご承知のように、同館のすぐ南側には国立国際美術館(2004年に吹田・万博記念公園から移転)と大阪市立科学館(1989年開館)が並んでいます。3館が並ぶこの辺り一帯がその昔、大阪大学医学部・理学部のキャンパスだったことはご存じでしょうか。かくいう私も阪大出身なのですが(当然文系)、中之島キャンパスなんぞは卒業式で(何故か卒業式だけ)一度行ったきりですから記憶がほとんどありません。
 このように同じエリアで複数の美術館・博物館が隣接または近接している例はいくつもあります。関西では、京都・岡崎公園に真っ赤な大鳥居をはさんで向かい合う京都国立近代美術館と京都市京セラ美術館(京都市美術館)が代表でしょう。ただ、大阪中之島美術館と国立国際美術館の場合は、両者の性格・活動内容が少なからず重複しているということがあります。
にもちきい
手前:国立国際美術館のエントランス
奥:大阪中之島美術館の建物

 大阪中之島美術館は、準備段階において長らく「大阪市立近代美術館(仮称)」を名乗っていましたが、結果的に、大阪を中心にしながらも国内外の近・現代美術とデザインを扱う美術館として実現しました。一方、国立国際美術館は(複数ある国立美術館の中でも)国内外の現代美術に注力した美術館です。とはいえ、企画展ではロンドン・ナショナル・ギャラリー展(2020年)やウィーン・モダン展(2019年)のように現代美術にこだわらない一面もあります。
 実を言いますと、私は両館が行う作品収集の選考や評価に関する委員の末席に並んだことがあります。収集候補作品を拝見したときに、正直なところ「これはお隣のあっちの館に入ってもいいよね…」という作品もありました。このように、似通う点のある美術館が隣同士というのは、ややもすると足の引っ張り合いになりかねないところです。しかし、両館はそれを利点にするべく、10月から協働で一つの大型企画展を開催することになりました。それが、大阪の前衛美術集団「具体」こと具体美術協会を回顧する『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』展です(2022年10月22日~2023年1月9日)。
 1954年に吉原治良(1905-72)をリーダーに結成された具体美術協会は、絵画を含め既成の美術の概念に囚われない大胆な活動で知られています。特に初期の破天荒ともいえる表現行為は、現在のパフォーマンス、インスタレーション、ライトアート、環境芸術といった多様な表現の先駆的なものでした。50年代のうちにフランスの批評家ミシェル・タピエが海外へ紹介したことで国際的に認められました。新しいメンバーも加えながら、1962年大阪中之島に展示・発表の場「グタイピナコテカ」を開設し、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)にも参加するなど精力的な活動を展開したが、グループとしての具体は1972年リーダー吉原の死去を機に解散します。
 欧米などの美術関係者の間でも、「具体=GUTAI」は戦後日本のアートシーンを代表するムーブメント(しかも東京発ではない)として今なお高く評価されており、具体に関連する展覧会は欧米の美術館でも折に触れて開催されてきました。また、国内で「具体」の活動と意義を検証する展覧会は、これまでにも東京・国立新美術館や兵庫県立美術館などたびたび企画されてきました。しかし「具体」解散50年にあたる今年、活動拠点グタイピナコテカがあった場所からほど近い中之島の二つの美術館で大々的に開催されるのは、とても意義深いことだと言えます。
 さて(実はここからが重要…だったりして?)『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』には奈良県立美術館もわずかながら協力いたします。当館が所蔵する田中敦子(1932-2005)と今中クミ子(1939-)の作品計3点が出品の予定です。特に田中敦子の作品は、一時期ミシェル・タピエが所有していたという貴重な初期の作品です。また、田中敦子は(大阪府出身ですが)奈良県明日香村で制作を続けた当県ゆかりの作家でもあり、年齢の近い草間彌生やオノ・ヨーコとともに、日本の女流前衛芸術家として世界に知られた存在と言えます。
 田中敦子以外にも「具体」の主力メンバーは何名も挙げられますが、その一人、白髪一雄(1924-2008)の作品も当館では多数所蔵しています。ちゃっかりと宣伝になりますが、現在開催中の特別展『野田弘志 真理のリアリズム』(11月6日まで)に続いて行う企画展『奈良県立美術館所蔵名品展《冬》』では、白髪一雄と田中敦子の作品を展示する予定にしております。同時に、当館で所蔵する「大橋コレクション」を中心に「具体」の活動とほぼ同時代のさまざまな前衛絵画をご紹介することにしておりますので、大阪の『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』とあわせてご鑑賞いただければ幸いです。

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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