奈良県立美術館所蔵の白髪一雄作品(2022年12月20日)

 前回も書いたように企画展『絵画のたのしみ 奈良県立美術館所蔵名品展《冬》』(12月25日まで開催)は、当館が受贈した戦後日本美術の「大橋コレクション」を中心に展示するもので、第1展示室は白髪一雄(1924-2008)の作品30点を紹介しています。
 白髪一雄はいわゆる戦後のアクションペインティングの代表的な作家です。アクションペインティングというとまず思い浮かぶのはアメリカのジャクソン・ポロック(1912-56)で、ポロックは床にカンヴァスを広げその上を縦横に動きながら、絵具を振り撒くように滴らせるドリッピング手法が知られています。一方、白髪一雄は同じようにカンヴァスを床に広げて大量の絵具を置き、(手ではなく)素足でカンヴァス上を滑るようにしながら描く“フットペインティング”に特色があります。絵画から描写や構図を排除し、“絵を描く”という身体的行為=アクション=パフォーマンスを画面にダイレクトな絵具の痕跡として残す、きわめて大胆な制作で高い評価を受けました。それはまさしく画面や絵具との“格闘”を通して生まれる絵画であり、単にやみくもな身体運動の痕跡ではなく、心(内なるイメージ)と身(描くというアクション)が一体となった表現行為なのです。
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当館所蔵:白髪一雄《作品》1961年

 今世紀になってから、美術館での大規模な白髪一雄の個展は、神戸(2001)、尼崎・横須賀ほか4館巡回展(2009-10)そして東京(2020)と3回行われています。また、白髪がメンバーであった前衛美術家集団・具体美術協会(1954-72)をテーマとした展覧会もたびたび美術館で行われており、これも前回のコラムで紹介したように、現在も大阪の国立国際美術館と大阪中之島美術館の共同企画展『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』が開催中で、とうぜん白髪作品も展示されています。
 このようなアクションペインティングという制作スタイルですので、美術館スケールの企画展・特別展となると大作を中心に展示されることがほとんどです(実際、カンヴァスが2メートル、3メートルという大作をいくつも制作しています)。当館所蔵の白髪作品は、もともと個人コレクターの所蔵ということもあって小ぶりな作品が多く、当館の所蔵品展示以外ではなかなか紹介の機会がありません(2020年の東京での回顧展には1点出品協力しました)。
 しかし、当館の白髪作品は小さいながらも121点という大量の点数があり、その制作年代も1961年から76年までの15年間という広がりを持っています。所蔵家の大橋嘉一は1978年1月に逝去していますので(そして遺族の厚意で当館へ寄贈)、作家と収集家の長い交友関係を物語るものでもあります。
 当初は具象絵画からスタートした白髪一雄は、1950年代徐々に抽象へ傾き、具体美術協会に加入した1955年頃から足による絵画制作を始めます。当館所蔵作品のうち、1961~64年のものは、足によるアクションペインティングを確立し、最も精力的に制作と発表を行っていた時期の特徴をよく表しています。
 そして60年代中頃から後半にかけては作風の転換期とみられる時期です。足による制作だけでなく、板をワイパーのように使って絵具を塗り広げるスキージー手法の絵画が増えてきます。油絵具以外の素材を使った見たりするなど、材料や技法に関する試行が目立つのがこの頃です。特に当館所蔵品には、60年代末のほとんど知られていない吹付や焼付による試作的な小品がいくつもあるのが特徴です。1960年代、欧米ではポップアートが席巻したり、ミニマリズムが台頭したり、「具体=GUTAI」が国際的に脚光を浴びた1950年代末から60年代初頭とは美術の状況も変化してきています。その中で新しい試みを模索していたのかもしれません。
 70年代に入ると、かねてから密教への関心を寄せていた白髪は比叡山で本格的に修行して得度します(1971年)。また、1972年には具体美術協会が解散するなど、環境にも変化が起こります。70年代前半から中期の作品は、一見したところ今までのようなアクションペインティングへの回帰に見えますが、仏教にちなんだタイトルをつけたり、スキージー手法で円輪を描くなど、仏教的イメージの作品が集中的に作られています。当館所蔵の得度後の作品例としては《諸仏舌相》《十界の内、天・人間界》などがあります。
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左:白髪一雄《諸仏舌相》 中:《竹生嶋》 右:《十界の内、天・人間界》すべて1974年

 このように当館所蔵の白髪作品は、小型の作品が多いとは言うものの、アーティストの軌跡をたどる上ではなかなか貴重な意味合いを持つコレクションと言えるのです。

安田篤生 (副館長・学芸課長)

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