秋も深まり、全国で菊花展が開催される季節となりました。キクは、奈良時代末期から平安時代に薬用植物として中国から渡来したとされており、江戸時代にはキクの栽培が一大ブームとなって新品種の育成が盛んに行われていたとの記録が残されています。現在でも、キクは日本で最も生産量が多い切り花となっており、1年を通じて様々な場面で利用されています。
奈良県は全国屈指の切り花ギク産地であり、多種多様なキクが生産されていますが、その中で「ミス菊」という珍しいキクがあることをご存じでしょうか。ミス菊は細長い花弁が特徴の糸ギク系一輪ギクの一種で、直径15~25cm程度の美しい見事な花を咲かせます。名前の由来は、繊細で細長い花弁が宮殿や社寺で用いられる御簾(ミス:すだれ)を彷彿させることによると言われています。花色や花形も豊富で、葛城市の特産物として9月下旬から10月下旬にかけて出荷されており、季節を感じる貴重な和花として生け花などで重宝されています。また、近年の和への回帰ブームも相まって、古くて新しい和ギクとして取り扱う生花店も増えてきています。
キク本来の美しさと華やかさを併せ持ち、一輪でも抜群の存在感があるミス菊ですが、栽培にとても手間がかかるということが生産上の大きな問題となっています。一輪咲きにするため、葉の根元から発生する「わき芽」や余計なつぼみを摘み取る作業に多大な労力がかかるからです。
そこで、奈良県農業研究開発センターでは、わき芽の発生量が少ないミス菊(無側枝性ミス菊)の育種に取り組んでいます。省力的に生産できる品種を育成することで、生産者の皆さんの経営改善に役立てたいと考えています。また、流通量が増加すれば、多くの方々にミス菊の素晴らしさを身近に感じていただけるのではないかと期待しています。
ミス菊「金茶ミス」
【豆知識】
皆さんはキクにどのようなイメージをお持ちでしょうか? 仏事での利用が多いため、よい印象をお持ちでない方もおられるかと思いますが、もともとキクは健康長寿の象徴として重用される縁起の良い花でした。実際、1970年代までは、優秀な楽曲を表彰する有名な音楽番組で、受賞者のお祝いにキクの花束が贈呈されていました。
キクのイメージが変わったのは、一輪ギクが葬儀の主要な花として使われるようになったからだと考えられます。その理由として、凛とした草姿が葬儀の場にふさわしかったことや、年間を通じて供給量や価格が安定していたこと、他の花より長期保存に向いていたことなどが挙げられます。
その一方で、近年、洋風で華やかな新たなタイプのキクが流通するようになり、アレンジメントでの利用が進むなどキクの良さが改めて見直されています。皆さんもぜひ、可憐で美しいキクの世界に触れてみてはいかがでしょうか。