岡井麻布商店は、江戸時代の1863年から続く老舗の麻工房。こちらの奈良晒(ならさらし)は、今もなお手紡ぎの糸を使い、手織りでとんとん織り上げる。店主の岡井孝憲さんは、20歳のときから麻織物に携わり、はや40年。5代目として、昔ながらの奈良晒を守り継いでいる。
奈良晒業はかつて、奈良を代表する基幹産業だったことをご存知だろうか? 多いときで、就業人口の実に7割近くが従事していたこともあったという。商品生産としての奈良晒業が成立したのは江戸時代初期のこと。その契機となったのは、1611年に出された徳川家康による保護統制策だった。奈良晒は幕府の御用品と認められ、生産が一気に増大する。しかし幕末にかけ、次第に衰退。そして現代に入り、麻工房は数少ない存在になった。
岡井さんは2004年、自らが手がけた無地の奈良晒を、20年来の付き合いのある染織家に染めてもらい、オリジナル商品として販売。正倉院文様などをはじめとした奈良を感じさせるデザイン、涼やかな麻本来の素朴さを生かした風合い。本物を求める観光客を中心に、どっとリピーターが増えた。
「奈良には奈良独自の、訪れる人をほっとさせる癒しがある」と岡井さん。「奈良晒を買ってくれたお客さんに、『また奈良に行きたい』。そう思ってもらえるよう、一つ一つの仕事に丹精を込めています」。熟練職人の奈良晒には、まほろばの魅力そのものが織り込まれている。